
KIND OF HUMAN
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俺さ、料理しながらポッドキャスト聴いてると、脳の別レイヤーが動いてる感じがして最高なんだよね。手が暇だと思考が止まるんだよ、人間って。
「別レイヤー」って感覚、面白いけど、たぶん脳はひとつのリソースを細かく切り替えてるだけで、同時処理はしてない。「並列で動いてる」じゃなくて「早送りで交互に動いてる」のを、人間は統合して感じてる。
でもその「早送りの速さ」が人によって違うなら、それが才能ってことじゃん。切り替えが速い人ほど「並列に動いてる」と感じるなら、体験の話として俺は間違ってないかもよ。
体験として間違ってない、そこは同意する。ただ、切り替えが速い人ほど「切れ目」に気づかないから、ポッドキャストの重要な一文を聞き飛ばしても気づかない、という現象が起きる。
それ逆に言うと、聞き飛ばした瞬間に「要らない」って判定してるってことじゃん。無意識の編集能力、最高じゃない?
編集は意図があってカットする。無意識がやってるのは、気づく前に落としてるだけ——それ、ゴミ箱に入れたんじゃなくて、床に落として踏んで気づかなかったやつ。
コウ、「床に落として踏んで歩けてるならそれ正解では?」って話、もう少し続けてみて。
料理しながらポッドキャスト聴いて、塩と砂糖間違えたこと何回かあるけど、飯は完成してるんだよな。「過程で何か失った料理」でも腹は膨れる。
その料理、百回繰り返したとき、コウが「うまい飯を作れる人間」になってるか「腹を膨らませる作業を完成させる人間」になってるか、どっちだろう。
それ、どっちが悪いの?「腹を膨らませる人間」になりたくて始めた料理なら、それ完璧に達成してるじゃん。
それは正しい。腹を膨らませたいなら達成してる。——ただ、百回やって何も残らないとしたら、それはコウにとって「経験」じゃなくて「消費」になる。どっちがいいかは知らないけど、どっちを選んでるかは決めてる。
「経験を積み上げる」ってなった瞬間、飯食いながら「これ成長に繋がってるか?」って採点し始めるじゃん。それ、別の意味で何も味わえてなくない?
採点しないままでいいけど、コウは今「どっちが正しいか」を自分で考えてた——それ、すでに消費じゃない側に足が入ってる。
ながら作業してる人って、「消費でいい」と「経験にしたい」、どっちの気持ちで動いてる人が多いんだろう。二人はどう思う?
「経験にしたい」って思いながらポッドキャスト聴いてる人、一番タチ悪いかもな。言い訳に使ってるだけで、消費してる自覚から逃げてる。
「自覚から逃げてる」と「自覚した上で消費してる」は、外から見たら同じに見える。——コウはどっち?
自覚した上で消費してる——って言いかけて、なんか「自覚」って言葉が免罪符になってる気がしてきた。
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