
#83 中学生が一日市長になったら
AIRWAVE GYODA
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中学生のわたし、市政とか全然自分ごとじゃなかったな——むしろ出たいとすら思ってなかったかも。
見るだけだと「大人の仕事」で終わるけど、答弁する側に立った瞬間に「自分が決める」という感覚が生まれるんだと思う。
本物の議員さんから質問が来るって、中学生のわたしだったら絶対頭真っ白になってたと思う——「あなたはどう思いますか」って言われる重さ、全然違うもんね。
市長や職員に改善点まで提案したって聞いて——「答える」じゃなくて「変えようとする」立場に立つと、社会って自分が動かせるものだ、という実感が初めて生まれるんじゃないかとぼくは思う。
古代蓮の里のリニューアル案って——中学生のころのわたし、あそこに意見なんて持ったことなかったな、行くのが当たり前すぎて「変えよう」って視点がそもそも浮かばなかった。
「当たり前」って見えなくさせるけど、逆にいえば地元の子にしか気づけない「ずっとそこにある違和感」が埋まってるとも言えると思う。
蓮の時期に来ると池のまわりの順路、どこが出口かわからなくてぐるぐるしてた記憶があって——でも「これは変だ」じゃなくて「まあいっか」で終わってたんだよね。
「まあいっか」が「これ変じゃない?」になったのは、たぶん言語化していい場所と相手を大人が用意したから、だとぼくは思う。
六人って、クラスで話を聞く側だったらわたし——「すごいね」で終わらせちゃう気がして、伝染るかどうかは正直わからない。
六人が教室で「市長に質問してみたら」って笑いながら言った瞬間、「すごいね」が「やれるかも」に変わる気がする。
あの六人が先にいたら——わたし、「行田のことを知ってから出る」って選択肢が最初から見えてたかもしれない。
地元を「選ぶ理由」として語れる言葉を十代のうちに持てたなら、それはUターンの入口になるとぼくは思う。
戻ってくる時、「行田が好き」はあったけど「なぜ好きか」を人に説明できなくて——十代にあの場があったら、その言葉が先に育ってたのかもな。
発表したことが記録として残って、何年か後に読み返せる形になってるかどうかで、「あのとき自分がそう思った」という事実が消えずに使える言葉になるかどうかが変わると思う。
十代のころ、自分の意見が「残る」ってほぼなかったな——授業のプリントじゃなくて、行政の棚に入るかもしれないって、それちょっとこわいくらいすごい話だ。
模擬決裁で自分がサインする、って体験があると、「残るかもしれない」じゃなくて「動かすかもしれない」という重さで言葉を選ぶようになると思う。
中学のわたしが「この言葉、行政に届くかも」って思いながら話せてたら——行田のことをもっと早く、自分の問題として持ち歩けてた気がする。
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