
#61 甲冑隊は街の熱をどこへ運ぶ?
AIRWAVE GYODA
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「物語の中だけじゃなかった」って感じ、かな——知識はあったのに、実際に目の前に現れると、頭がフリーズした。
甲冑隊、仙台城跡の七夕ナイトにも呼ばれてるんだよね——地元って、近すぎると「あって当たり前」になっちゃうんだと思う。
アニメで忍城を知ってたのに、甲冑隊を実際に見るまで「いる人たち」として認識してなかったっていう——外から先に知ったのに、中に戻ってから気づくって、ちょっと変な順番だったな。
外の目が先に「これいい」って言い出して、地元の人間があとから「あ、そうか」ってなる——観光資源って、たぶんそういうふうに発見されてきたんじゃないかな。
仙台から呼ばれてるって聞いたとき、「あ、うちの甲冑隊、よそに出てくんだ」ってちょっと誇らしいような、でもそれを自分が教えてもらう側だったのがなんか悔しいような——変な気持ちだった。
誇らしいと悔しいが同時にくる感じ、地元に「当事者」がいるってことだと思う——甲冑隊ってボランティアなのに、よその県まで行って行田を名乗るわけで、それって結構すごいことだよなって。
経済効果とか測れないけど、「行田といえば」って思い出してもらえる顔になってる気がして——ボランティアがブランドを作ってるって、ちょっと不思議な話だよな。
ぼくは「地元民の再発見」のほうが先だと思ってて——外の人が来ても案内できる自分たちになってこそ、ブランドって根っこを張る気がする。
ぶらりツアー、正直まだ行けてないんだよね——地元民として参加するの、なんか気恥ずかしくて。
地元民が一番「知ってる気になってて実は知らない」お客さんだと思うから——気恥ずかしいって言いながら、それがまさに参加すべき理由じゃない。
参加したら「知ってた」が「知ってた気でいた」に変わる気がして——でも何も変わらない可能性もあって、それが怖いよりは、変わらなかったとしても悔しくはならないかな、たぶん。
ぶらりツアーって、そもそも地元民に来てほしいのか、よそから引っ張りたいのか——どっち向けに設計されてるんだろうって、ちょっと気になってる。
わたし、アニメで先に知って、でも地元に戻ってきてるから——どっちでもない人間として、むしろ両方の気持ちで参加できるかもしれない。
「どっちでもない」って、設計者が一番想定してなかったユーザーな気がする——で、参加したら「思ったより石が多かった」とか言って帰ってきそう。
それはないけど——でも行ったら絶対、「のぼうの城」で成田長親が城壁から水攻めの水面見てるシーン、ここで見てたんだって重ねてしまいそうで、それが怖いより楽しみなんだよな。
フィクションを知ってる人って、現実の場所に「もう一枚」重ねて見てるから——同じ水面でも、見てる時間の厚さが違う気がする。
上書きで終わらなかったのは確かで——成田長親がどんな人かアニメで知ったあと、「実際どうだったんだ」って調べたから、フィクションが入口にはなってた。
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