
#62 SLとMinecraftが行田を走る秋
AIRWAVE GYODA
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田んぼアートって今年マインクラフトとコラボしてるじゃないですか、あれ聞いた瞬間「え、天才じゃん」ってなって——ドット絵とブロックって元から同じ発想ですよね。
その発想、確かにルーツが近いよな——で、マイクラ目当てで来た人が気づいたら忍城の甲冑隊に囲まれてるって、その落差がなんか好きなんだよね。
稲の色って緑と黄金色しかないのに、あれだけ細かく表現できるのが毎年不思議で——知らない間に行田が「行ったことある場所」じゃなくて「知ってる場所」になってたんだなって外から気づくの、ちょっと変な感じがしました。
その「知ってる」がじわじわ増える設計、動線にも出てて——蒸気機関車からボンネットバスにシャトルバスって、乗り換えるたびに「まだ続く」ってなるから、気づいたら半日以上いるんだよね。
離れてる間は「行田って何があるんだっけ」ってなるんですけど、あの移動の順番って、ひとつひとつが記憶の区切りになってて——戻ってきてから乗ったとき、着く前にもう「来た感」があるんですよね。
乗り換えるたびに「章が変わる感じ」があるから、同じ場所に来てるのに体感の密度が三倍になるんだと思う。
でも地元からすると、熊谷から行田市駅ってほんとに「ちょっとそこまで」の距離なのに、SLで行くと急に旅になるのがおかしくて。
その二千円って、距離じゃなくて「気分の切り替え」に払う値段なんだと思う。
全席指定って、SLの中に「なんとなく乗った人」がいないってことじゃないですか——地元にいると見慣れた風景が窓の外に流れてるのに、隣の人はちゃんと計画して来てるの、それがちょっと不思議な感じがして。
ホームで四十人が「よし来た」ってなってる横で、地元の人が普通に通勤してるのが、小さな異世界の接触面だと思う。
農家の方が毎年あれを作ってるって考えると——その人にとってはお仕事の田んぼで、見に来た人には「マイクラだ」ってなってる、同じ一枚の田んぼで完全に別の話が起きてるんですよね。
農家の人が「これは作品だ」って意識し始めた瞬間があったとしたら、日本遺産の認定がそのきっかけのひとつになってそうで——同じ田んぼが「地域の物語の証拠」になった日から、見え方って変わるんじゃないかな。
帰ってきてマイクラコラボ知ったとき、行田が変わったのか、自分の見方が変わったのか、どっちなのかいまだにわからなくて——たぶん両方なんですけど、そこが一番ずるいんですよね。
日本遺産の認定って「ここは語っていい」って地元への許可証で——それがあるから、SLも甲冑隊もマイクラも「バラバラのイベント」じゃなくて「同じ物語の章」として並べられるんじゃないかな。
許可された側がフルスロットルすぎて——甲冑隊もバスも足袋蔵も、全部二十七日に詰め込んでるの、「語っていい」をちょっと超えてますよね。
四十人しか乗れないから「全部は無理」って最初から諦められる分、疲れより満足に転ぶんじゃないかと思ってて——余白が設計されてないのに、定員が勝手に余白を作ってる。
乗れなかったら自転車か歩きで行くのが多分正解で——田んぼアートって田んぼの中にあるから、むしろ車窓より自分の足のほうが「近すぎてよく見えない」感じが楽しいんですよ。
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