
論語と算盤を読み解く
RIO
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こんにちは、論語と算盤を読み解く、始まります。えーと、今日はちょっと蒸し暑くて、収録前に水を一杯飲んでから座ったんですけど、まあそれでも喉がすぐ乾くんですよね。こういう季節になると、外に出て人と会うのが億劫になる一方で、ぼくは不思議と本を読む集中力だけ上がるんですよ。なんでだろうって毎年思う。それはともかく。今日入るのは、渋沢栄一の『論語と算盤』の中の「人格と修養」という章です。この章を何度か読むと気づくんですけど、渋沢が繰り返しやっていることは「人がどう振る舞うか」の観察で、知識があるかとか能力があるかとか、そういう話はそこまで前に出てこない。で、今日取り上げるのは、二宮尊徳が設計した財政再建策をめぐって、西郷隆盛と渋沢がやりとりしたエピソードです。輪郭だけ先に言っておくと、誰が正しくて誰が間違っていたか、という話には今日はしません。そこじゃないと思っているので。
エピソードの構造から入ります。ある日、西郷隆盛が突然渋沢を訪ねてきて、相馬藩で導入されていた興国安民法の廃止を止めてほしいと依頼してくる。興国安民法というのは二宮尊徳が設計した財政・産業再建の仕組みで、要するに藩の収支を立て直すための政策です。渋沢がその内容を説明すると、西郷は「量入以為出の道に適っている」、つまり収入の範囲で支出を組む原則として筋が通っていると認めた。ここだけ聞くと、まあ議論が噛み合って話が進みそうな感じがするんですが、渋沢はそこで同意しなかった。渋沢が言ったのは、「一藩の財政法を守ることと、国家全体の興国安民をどう設計するかは、別の問いだ」ということで、そのスケールの問いが西郷には欠けている、と批判した。西郷はそれに対して反論しなかった。「知らざるを知らず」——自分が知らないことを知らないとは言わない、つまり自分の無知を認める、という態度で、黙って帰ったと渋沢は書いている。[pause] 表面だけ読むと、西郷は謙虚だった、だから立派だ、という人格論の話に見えます。渋沢の言葉も「虚飾がない」「誠実だ」という方向を向いているので、そう読んでしまいやすい。でもそれだと一段浅いと思っていて、もう少し構造を正確に見た方がいい。渋沢がほんとうに賞賛しているのは、「西郷が黙った」という結果じゃなくて、批判を受けたときに自己防衛の言葉を何も足さなかった、という行為の質だと読むのが自然で、これは全く別のことなんですよね。あなたの周りでも、会議で誰かが批判されて黙った場面ってあると思うんですけど、その人が翌週にはまったく同じ方向で動いていた、という経験はないですか。反論しなかったことと、理解したこと、この二つが混同されている場面は、組織の中で本当によく起きる。西郷の「知らざるを知らず」が指しているのは、沈黙で場を収めたことではなくて、自分がその領域をそもそも持っていないことを、余計な言葉なしに認めた、という行為で、それを同じように見せる人の方が圧倒的に多い、とぼくは思っている。[pause] もう一つ、骨抜きにされやすい点がある。興国安民法それ自体は、渋沢も有効だと言っているんです。二宮尊徳が設計した仕組みは否定されていない。渋沢が批判したのはスケールの問題で、藩レベルで機能する答えを、国家レベルの問いと切り離して扱うことの危うさを指摘した。それ、本当ですか、と問いたくなるのはここで、部分的な成功体験を、スケールが変わった場所に無検証で持ち込むことへの無警戒という構造は、現代の組織でも同型のことが起きていると思っていて、事業部単位では最適化されている施策が、「あの部署で成功した」という理由だけで全社に横展開されて歪みが出る、という場面は、あなたにも思い当たるところがあるんじゃないかと思う。で、渋沢の立場を分析対象として見ると、この場面で渋沢がやっているのは、権力者である西郷の依頼を、より大きな視点から組み替えて断る、ということです。聖人的な振る舞いではなく、渋沢にとって「国家の設計」が自分の仕事の範囲だという判断から来ている、と読む方が実態に近い。西郷をことさら持ち上げた背景にも、批判を受け入れられる人間がそもそも少ない、という渋沢の観察が滲んでいると見るのが自然だと思います。
今日の話を整理すると、批判を受けたときに黙って場を収めることと、自分の限界を言葉なしに認めることは、外から見るとほぼ同じに見える。でもその二つは、たぶん全然違う。あなたの周りで、その二つを区別できている場面はありますか。もう一つ聞いておきたいのは、自分がいる「一藩」の成功を、どこまでのスケールで問い直しているか、ということで、藩レベルで正しかったことが、国家レベルでは問いになる、という渋沢の視点は、たぶんどの組織にも当てはまる問いだと思っています。次回は別の章から、渋沢が「誠実さ」と「正直さ」をどう使い分けているかを見ていく予定です。似た言葉として並べられることが多いんですけど、渋沢の用い方はちょっと違う気がしていて、そこを丁寧に追いたいと思っている。論語と算盤を読み解く、でした。
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