論語と算盤を読み解く
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EPISODE· 2026年9月19日

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えーと、今日はちょっと蒸し暑くて、収録の前にコーヒーを買いに出たんだけど、コンビニの前に「外国籍の方のご利用はご遠慮ください」みたいな張り紙が——というのは嘘で、そんなものはなかったんだけど、今日読む話を頭に入れながら歩いていたら、ふとそういう場面を想像してしまってね。で、今日はその「場面を想像させる話」をやります。テキストは『論語と算盤』、今日から扱うのは『算盤と権利』という章で、まあこの章全体を通じて渋沢が言いたいのは「経済の力と、外交や国際的な信用は、切り離して考えられない」という一本の筋なんですね。で、今日の訓話の入り口になるのが、渋沢が1902年にアメリカで見た、一枚の掲札です。そこに、わりと大きな問いが詰まっている。中身はこれから読み解いていきます。

reading

場所はサンフランシスコ、金門公園の水泳場です。渋沢がそこに行ったら、「日本人泳ぐべからず」という掲札が立っていた。で、現地の領事に理由を聞いたら、日本人移民の青年が、婦人に対して悪戯を働いたことが発端だと。そこから「日本人全体」が締め出された。渋沢の受け止め方がね、ちょっと注意して読む必要があって、怒りだけで終わらないんですよ。「日本の青年の不作法が原因であることは認める」とはっきり言っている。そのうえで、でもこういう扱いが続けば両国関係に悪影響が出ると危惧している。外にだけ原因を押しつけるのでなく、内側の問題も認める。でもそれで話を閉じない。そこが、ぼくには面白いと感じるポイントで。[pause] よくこの訓話が使われるときの読み方として、「個人の行動が国の評判を左右するから礼儀正しくしましょう」という方向に着地することが多い。でも、それ、本当ですか。渋沢がこの場面で本当に問題にしていたのは、そこじゃないとぼくは思っていて。渋沢が見ていたのは「一人の青年の不作法」が「日本人全体への制度的な排除」に変わる、その飛躍の構造そのものだと思うんですよ。原因に一理あっても、それを口実に集団を一括で締め出すことの危険性——渋沢が引っかかっていたのは、そっちじゃないか。でね、これは別に19世紀末の話じゃなくて、採用の学歴フィルター、特定の取引先を国籍ごと一律除外する判断、職場で誰か一人がやらかした後に「あの部署の人間は全員信用しない」という空気になる瞬間——「個別の問題を集団への措置で解決する」という回路は、今も普通に動いていますよね。あなたの職場でも、一度くらいはそういう意思決定の場面を見ているんじゃないかと思う。だから渋沢のこの訓話を「礼儀の話」として読むのは、問題の半分しか拾えていないと、ぼくは見ている。[pause] それともう一個あって、渋沢はこのアメリカ滞在中にルーズベルト大統領とも会っているんですね。大統領は日本を、軍事的な強さと美術では評価した。渋沢はそこに商工業が入っていないことに引っかかった。「商工業こそ日本の実力として認識されるべきだ、そのために自分が尽力する」と言っている。これはさっきの掲札の話と地続きで、要するに「礼儀正しくするだけでは足りない、実力を見えるかたちで示すことが、外からの像を変える」という戦略の話でもある。差別的な扱いへの怒りを、礼儀の教訓だけで消費するのではなく、経済人として国際舞台に出ていくことで構造ごと変えようとしていた——渋沢の視点はそこまで伸びていると、ぼくは読んでいます。

closing

まあ、今日の話を一言でまとめると、渋沢はあの掲札の前で、二つのことを同時に見ていた。「日本の青年が不作法をしたことは認める」と「でも一人の行為を理由に集団全体を制度で締め出すことは別の問題だ」と、その両方を手放さずに持っていた。どちらかに一本化しない——それがこの訓話の読みごたえだとぼくは思っています。で、あなたに聞きたいのはこれです。あなたの職場や業界で、「一件の問題」が「集団への制度」に変わった瞬間を、見たことはありますか。そしてその転換は、どこで、誰が、どういう言葉で決めたのか。次回も『算盤と権利』章、続きます。番組は「論語と算盤を読み解く」でした。

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