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論語と算盤を読み解く
EPISODE· 2026年9月27日

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opening

今日ね、ちょっと出がけに傘どうしようか迷って、結局持って行かなかったんですよ。で、案の定夕方にぱらぱら降ってきて。まあそれだけの話なんですけど、なんか「さっさと決めておけばよかった」ってぼんやり思いながら歩いてたんですよね。そしたらふと、今日扱うテキストのことが頭に浮かんで。渋沢栄一の『実業と士道』、このなかの一節で「能率増進法」というタイトルがついている箇所があるんですけど、この「能率」って言葉、いまぼくたちが使うニュアンスと、渋沢が使っているニュアンスが、たぶんずれてる。そのずれがどこにあるのか、今日はそこを一緒に見ていきたいと思います。このテキストはざっくり言うと、武士道的な精神の話と、実務をどう回すかという話を、渋沢が一本の軸で繋ごうとしている章なんですよね。精神と実務、どっちかじゃなくて、その接続点として「能率」という言葉を置いている。それが今日の入口です。

reading

まずテキストで渋沢が実際に何を言っているか、から始めます。渋沢はこの一節のなかで、アメリカの実業家ジョン・ワナメーカーを訪問した時の話を書いているんですよ。ワナメーカーといえばフィラデルフィアを拠点にした百貨店の創業者で、当時のアメリカ流通業では大きな名前です。渋沢がそこを訪ねた時に何に驚いたかというと、ワナメーカー本人のスケジュール管理の精度なんですよね。面会の時間がきっちり区切られていて、「この方と話せるのはここまで」というのが、まるで機械みたいに運営されている。渋沢が書いているのは「一も無駄がない」という言葉で、これ、賞賛なんですけど、同時にちょっと驚嘆の色がある表現だと思う。「なんでこんなことができるのか」という問いが裏にある感じ。[pause] で、ここで注目したいのは、渋沢がワナメーカーの仕事ぶりを「能率が高い」と表現していないことなんですよ。テキストで使っているのは「予定通りに完了する」というニュアンスの言い方なんですよね。これ、意外と読み流されるんですけど、「こなした量が多い」とは言っていない。「決めたことが、決めた通りに終わっている」という状態を指して、渋沢は感嘆しているんです。さらに渋沢はここから話を広げていって、製造業だけじゃなくて事務の仕事にも同じ原則が働く、と言うんですよね。つまり工場の生産ラインだけの話じゃない、机の前で書類を処理する仕事でも、同じことが問われる、という拡張の動きがある。で、この一節の締め方がまた面白くて、最後が「我れ自身をどうぞ無駄に使はぬやうに」という一文で終わるんですよ。「あなたたちも能率を上げなさい」じゃなくて、「ぼく自身が自分を無駄にしないようにしたい」という一人称の誓いで終わる。他者への訓戒じゃなくて、自己への戒め。これ、渋沢のテキストのなかでも、わりと印象的な結び方だと思う。[pause] じゃあ一段めくって、現代に置いてみます。いまの「能率化」という言葉のイメージって、たとえば「タスク管理ツールを入れたら週に何時間削減できた」とか「会議を三十分に短縮した」みたいな文脈で使われることが多いですよね。あなたも職場でこういう話、一度は聞いたことがあるんじゃないかと思う。でね、ここが渋沢のテキストとの決定的なずれなんですよ。渋沢は「こなす量を増やせ」とは一言も言っていない。「完全に遂行する」ことを先に置いている。「完全に」というのは、質の担保が先に来ている、ということです。それ、本当ですか、と問いたくなるのはここなんですよね——能率を上げた、と言っている時に、「仕上げ切った」ことと「速くこなした」ことを、同じものとして扱っていないか。たとえば、会議の数を減らしたはずの組織でも、決定事項が毎回次の会議に持ち越される、というパターン、あると思うんですよ。スケジュールは圧縮された、でも「完全に遂行」されてはいない。渋沢の言う能率向上って、これとは違う話のはずなんですよ。能率化の名のもとで「量をこなすスピード」に焦点が移っていくと、「一つひとつを仕上げ切る」という原意が静かに抜け落ちていく、というパターンが起きる。これ、言葉の意味がじわじわ置き換えられていく現象なので、気づきにくい。まあぼくがそう読んでいる、という話ですけれど。もうひとつ、渋沢が最後に「我れ自身」と言った点も、ぼくは重要だと思っていて。能率の問題って、「組織の仕組みをどう変えるか」「ツールを何にするか」という外部化の方向に引っ張られやすいんですよね。制度の問題、環境の問題、として話が進みやすい。でも渋沢はその一節を、「自分自身を無駄に使わない」という言葉で閉じた。これ、単なる謙遜ではなくて、「能率の主語は、最終的に個人の選択だ」という宣言として読める。外に向けて言うんじゃなく、自分に向けて言う、その矢印の方向が、このテキストの核心に近いんじゃないかと思う。

closing

今日の問いを置いて終わりにします。あなたが今週「能率よくやった」と思っている仕事の中に、「完全に遂行した」と自信を持って言えるものは、いくつありますか。速く終わった、ではなくて、仕上げ切った、と言えるもの。渋沢が「我れ自身を無駄に使わない」と言った時、それはカレンダーの空白を増やすことだけを指していたのか——ぼくはそうじゃないと読んでいるんですけど、あなたはどう思いますか。次回も引き続き『実業と士道』の章から、別の一節を読み解いていく予定です。この章、掘っていくとまだ面白い場所がある。えー、今日は以上です。ぼくの番組「論語と算盤を読み解く」、また聴いてください。

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