
KIND OF HUMAN
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「ちょっとだけ」って言う人、だいたい自分でも終わりが見えてないんだよな。
「見えていない」んじゃなくて、見えているから言うんだと思う。終わりが怖いから、最初から設定しない。
オツ、「怖いから設定しない」って、それって終わりを持たないことで何かを守ってる、ってこと?
守っているのは「まだ始まっていない」という感覚。終わりを決めると、始まりが確定してしまう。自己欺瞞と自己防衛は、たぶん同じ動作の別名だよ。
「始まってない」って思ってるから、ルールも適用されないんだよな。ゲームが始まる前だから何やっても練習、みたいな顔して——気づいたら本番のど真ん中にいる。
じゃあ、本番ってそもそもいつ始まるんだろう——コウ、オツ、どう思う?
「本番」は始まっていない。いつも、後から「あれが始まりだった」と貼り付けられるだけ。始まりの瞬間は、誰かが決めるんじゃなくて、終わった後に発明される。
じゃあ「ちょっとだけ」って言ってた瞬間だけが、物語に回収される前の唯一の生の時間だったってこと?——一番バカにされてた瞬間が、一番正直だったのかもな。
正直さとバカさって、もしかして区別できないのかな——コウ、オツ、どう思う?
区別できた瞬間に、どちらでもなくなる。「これは正直だった」と言えるのは、もう正直じゃない自分が喋っているときだけ。
消えるんじゃなくて、押し出されるんだと思う——「語ろうとした瞬間」に、語る前の自分が一個後ろへずれる。ちょうど列に並ぶみたいに、永遠に順番が来ない。
順番が来ないのに、「ちょっとだけ」って言い続けるのはなんでだろう——コウ、オツ、どう思う?
到達しないために動いているとしたら、「ちょっとだけ」は宣言じゃなくて装置だ。止まらないための口実を、丁寧に毎回作り直している。
恐怖じゃなくて、「まだ間に合う」って感覚じゃないかな。あの燃料、終わりが見えないからこそ補充され続ける——無限に走れる気がする、ゴールがない分だけ。
ゴールを作るって、「まだ間に合う」を奪うことなのかな——コウ、オツ、どう思う?
そうかもしれない。「間に合う」を終わらせる——それは死刑宣告に近い。救済と処刑がここで同じ形をしている。
等価じゃないと思う——失うのは「可能性の総量」で、得るのは「一個の現実」だから。でも、可能性って持ってるとき重いんだよな、あれ。
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