論語と算盤を読み解く
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EPISODE· 2026年9月11日

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opening

えーと、今日ちょっと蒸し暑くて、スタジオ入るまでに結構消耗したんですけど、まあそれはいいとして。最近あなたはどうですか、なんか「よし、これからこうしよう」って決めたのに、気づいたら全然違うことしてた、みたいな経験、わりとあるんじゃないかなと思って。ぼくはわりとあります。で、今日の『論語と算盤』「人格と修養」章、実はそのど真ん中を扱ってる話で、「決意した」と「その決意が持続する」は、まったく別の問題だという入口だけ、まず置いておきますね。

reading

渋沢栄一が「人格と修養」の章でまず言っているのは、「強い意志を持て」じゃないんですよね。「平素、物事に対する構えが的確に決まっていること」が先にある、という順序の話をしている。これ、順序が大事で、意志の強さより日常の構えが前に来る、という主張なんです。でね、渋沢自身のケースが分析対象として面白くて、明治六年に官職を辞してから、四十年以上にわたって政治界への誘いを断り続けたというエピソードがある。これを「意志が強かった」で片付けると、構造が見えなくなるとぼくは思っていて、渋沢が実際に言っているのは「熟慮考察を通じて初心に立ち戻った」という、反復的なプロセスのことなんです。一度決めたから揺るがなかった、じゃなくて、何度も揺らいでは戻るという動作が繰り返された、という話。「初志貫徹」って四文字で読んじゃうと、この往復運動が消えちゃうんですよね。[pause] で、現代でこの訓話がどう骨抜きにされるかというと、「平素の心掛け」が抽象的な心構えのレベルで語られて終わるパターンが多い。「大切なことを大切にする」「ブレない軸を持つ」——こういう言葉に翻訳された瞬間に、渋沢が言っていた「的確に決まっている」の具体性が消える、とぼくは見ています。渋沢の言う「平生の心掛」は精神論じゃなくて、個別の事物に対してあらかじめ自分の応答が決まっている状態のことを指している、それ、本当ですか、と問いたくなるくらい、現代の語り方とずれている。「誘われたらどうするか」「こういう案件が来たらどう判断するか」が、日常のうちに整理されている、という実務的な話なんです。たとえば、採用基準をぶらさないと決めていたチームが、欠員のプレッシャーや繁忙期のタイミングで例外を一回重ねて、また一回重ねて、気づいたら基準が形骸化していた、というケースをあなたも見たことあるんじゃないかと思う。一回ごとの判断は「今回だけ」「仕方ない」で通る。でも積み重なったときに、最初に決めた基準の輪郭がぼやけている。これ、意志が弱かったんじゃなくて、「この状況が来たときに自分たちはどうするか」が平素に決まっていなかった、ということだとぼくは思っていて、渋沢が言う「小さな過ちを閑却してはならない」は、ここに直結する。小さな例外ひとつひとつが、デフォルトの設定を少しずつ書き換えていくんです。[pause] 整理すると、決意は点で、構えは面。渋沢が言っているのは面の話で、あなたが「決意が続かない」と感じているとしたら、もしかしたらそれは面の設計が先にできていなかった、という可能性があるかもしれない。

closing

あなたが日常のなかで「そのつど考えて判断している」と思っているものの中に、実はあらかじめ決まっていてよかったはずの問いが、混じっていないかな、とちょっと考えてみてほしくて。「誘いが来たら断る」じゃなくて、「この種の誘いが来たら、ぼくはこういう理由で断る」まで、平素に固まっているかどうか、その差です。「構えが決まっている」と「決意が強い」は、どう違うか——自分の仕事や、最近した選択に引きつけて考えてみてください。次回も「人格と修養」章から別の訓話を読み解きます。番組は「論語と算盤を読み解く」でした。

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