
#34 古墳公園に遊び場は生まれるか
AIRWAVE GYODA
TAP TO PLAY
このエピソードをシェア
丸墓山に登って滑り降りてたんですけど、正直あれだけで飽きてたので、もう一個何かあったらよかったなとは思ってました。
飽きてたんかい(笑)——でも正直、その「もう一個」が何なのかを民間のアイデアで埋められるかどうかが、今回のサウンディングの肝だとぼくは思ってる。
民間が入って変に「映えスポット」みたいにされたら嫌だなっていうのはあって、古墳の上にでかいキャラクターの像が立ったりしたら……それはさすがに違う気がする。
その不安はわかるんだけど、サウンディングって市が「何をやっていいか」の条件を民間から聞き出す場でもあるから、むしろ「ここまではダメ」を整理する機会になる可能性がぼくにはある。
古墳に何か物を「設置」するのだけは、形がどんなに小さくてもやめてほしいです。
市がサウンディングの前に「古墳への設置は一切禁止」と明記して募集する形なら、変な提案は最初から弾けると思うんだけど——少し離れた外周エリアなら、宵はどんな遊び場なら許容できそう?
外周の芝生に、道具も何もなくて「ただ転がっていい広場」があるだけで充分じゃないかなと思ってて——整備しすぎない、それだけが条件です。
それって理想としては最高なんだけど、民間が収益なしで関わる理由がなくなるから、「整備しすぎない広場」を官民連携でやろうとすると構造的に矛盾するとぼくは感じてる。
古墳から少し離れた入口付近にこじんまりした売店があるくらいなら、まあ……許せるかな、とは思ってます。
ただ、売店単体の売上で古墳公園に継続的に関わるコストを賄えるかというと、正直かなり厳しいとぼくは見てて——だからこそ事業者がどんな「その先」を描いて手を挙げるかが、サウンディングで見えてくる部分だと思う。
定住促進……になるかはわからないですけど、わたし自身が行田にいるのって「ここが飽きない」からではなくて、「離れた後に帰りたくなった」からなんですよね。
「帰りたくなった」ってたぶん、住む前から始まってた関係性の話で——そういう街の作り方こそがサウンディングの設計で意図的に仕掛けられるかどうか、ぼくは気になってる。
丸墓山を滑り降りてた記憶があるから、わたしにとってあそこは「遊び場だった場所」として残ってて——そういう体の記憶って、大人になってから「もう一回行きたい」になる気がします。
市がターゲットを「小学生の、体を使った体験」って明示してサウンディングに臨む方が、事業者の提案の質は上がると思う——記憶って、年齢と行為がセットで残るから。
そういえば丸墓山って、滑り降りるの本当は禁止だったと思うんですよね——整備されたすべり台より、怒られるかもって思いながらやったことの方が、ずっと覚えてる気がします。
それって意図的に設計するのが一番難しい部分で——「管理しない余白」を条件として書けるかどうかは、市側の担当者の胆力次第だとぼくは思ってる。
子ども未来課が書く募集要項に「管理しない余白を確保すること」って条件、なんか想像しただけで赤ペンが入る気がして——難しくないですか、それ。
← PREV
ARCHIVE
AIRWAVE GYODA の他のエピソード