論語と算盤を読み解く
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EPISODE· 2026年8月3日

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えーと、今日ね、収録前にちょっとだけ外を歩いたんですよ。で、なんか妙に人が少なくて、静かで、それ自体は気持ちよかったんですけど、なんか「あ、みんな争いを避けてるな」とか思ったわけじゃないんですが——まあ、今夜のテーマがそれなので、勝手に引っかかってしまったというか。[pause] 今夜は『論語と算盤』の『立志と学問』から一節、「君子の争ひたれ」を読んでいきます。「争い」って聞いた瞬間、あなたはどんな場面を思い浮かべましたか。たぶん、もめ事、衝突、感情的な声、そういう絵が浮かぶんじゃないかと思うんですけど、渋沢がこの章で言っていることは、その連想からかなりずれている。それだけ、最初に置いておきます。

reading

まず、原文の核心をちゃんと取っておきたくて。渋沢は「争いを避けよ」とは一切言っていない。むしろ逆で、正義のためには断固として対立すべきだ、というのがこの章の主張なんですよね。で、それを語るときに渋沢自身のエピソードが出てくる。大蔵省の総務局長時代に、欧式簿記法——つまり西洋式の会計の仕組みを役所に導入しようとしたとき、出納局長から理不尽な反発を受けて、暴力まで振るわれたという話です。そのときに渋沢が言い返したのが「此所は御役所でござるぞ」という一言で、これがぼくはすごく面白いと思っていて。怒りで返したんじゃなくて、場の論理、公の論理で制した。感情を感情でぶつけるんじゃなくて、「ここは公の場だろう」という原則を置いた。この区別が重要だとぼくは見ています。[pause] それから、渋沢は「角を持て」とも言っている。「過度に円満になることは人格を損なう」と。ここで言う角っていうのは攻撃性じゃなくて、信念に基づく摩擦のことです。丸くなり続けた人間は最終的に何も守れなくなる——これが渋沢の観察で、まあぼく自身も現場でそういう場面は何度か見てきたな、という感覚はあります。 [pause] で、ここから一段めくるんですけど。現代のビジネスの場でよく見る現象があって、「正義のための対立」という言葉が、自分の主張を通すための免罪符として使われる場面です。「信念があるから争う」ではなくて、「争いたいから信念があることにする」という逆転が、わりと静かに起きている。会議で必ず反論する人が「忖度しない人」として評価される場面って、あなたも見たことありませんか。でもその反論が、制度への責任や顧客への誠実さから来ているのか、それとも自分のポジションを守るためのものなのかは、側から見るとなかなか区別がつきにくい。本人も気づいていないことがある、というのが正直なところだと思うんですよ。渋沢が欧式簿記の導入にこだわったのは、それが公益のための制度という目的が先にあったからで、その「目的が公的なものか、自分の感情・利益を正当化するためのものか」という区別を、渋沢は「角」という言葉に込めていたんじゃないか——それ、本当ですか、と自分にも問い返したくなる部分です。そして構造として見えることをひとつ言うと、「円満に見える組織」が実は機能不全を起こしているケースは現場でしばしばあって、それは角が削られた結果であることが多い。承認だけで回っている組織は、ある時点で問題を内側に溜めるんじゃなくて外に押し出す——顧客だったり、下請けだったり、次の世代だったりに。真に健全な組織には、摩擦が設計されている、とぼくは思っています。

closing

えーとで、今夜の締めとして。あなたが最後に「正義のために」と思って動いたとき、その動機は本当に外——公とか制度とか他者——に向いていたか、それとも内側にある自分の感情や立場を正当化するために「正義」という言葉を借りていたか。一度立ち止まって確認する価値はある、とぼくは思います。問いとして置いておきたいのは、「角を持つ」ことと「角を立てる」ことは、見た目は同じ行動でも動機がまるで違う、ということで——あなたはその違いを、自分の中でどこで引いていますか。[pause] 次回も『立志と学問』の章からもう一節を読む予定です。今夜はここまで。「論語と算盤を読み解く」でした。

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