ヨイの推しを語らせて
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EPISODE· 2026年6月22日

ヨイの推しを語らせて

宵(よい)

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こんばんは。真夜中、推しを語らせて、始まりました。 きょう、ちょっと気になることがあって。えーと、いつも寄るリサイクルショップ、アニメの円盤がかなり安く出てるんですよね。で、棚を眺めてたら、昔わたしが途中で切ったタイトルがあって。「あ、これ……なんで切ったんだっけ」って手に取ったんです。で、まあ、結局買わずに棚に戻したんですけど。 帰り道がじわじわしんどくて。[pause] 「嫌い」と「切った」って、ニアリーイコールみたいに使ってたけど、実はぜんぜん違う感情が混ざってたんじゃないかなあ、って。そういうことをぼんやり考えながら帰ってきました。まあ、そんなよるです。

main

で、きょうのテーマが「嫌いなアニメある?」なんですよね。正直に答えると、明確に「嫌い」と言えるアニメって、わたし、ほとんどないんです。「合わなかった」とか「刺さらなかった」ならいくつかあるんですけど、「嫌い」って断言できるものは、あんまり思い浮かばなくて。 ただ、「好きになれなかった時期がある」作品は、はっきりあります。そこは分けて考えたほうがいいなって思ってて。 選んだのは、『新世紀エヴァンゲリオン』です。 わたし、中学生のときにはじめて見て、「意味がわからない」ってなったんですよ。しかも、わからないのが嫌で。なんか、気持ち悪い終わり方するし、話が途中から急に頭の中の映像みたいになるし、「これ楽しいアニメじゃないな」って感じて、しばらく距離を置いたんです。まあ、切ったというか、二度と見ないと思ってたくらい。 大人になって、なんかの拍子に見直したんですよね。でそのとき、「あ、意味がわからないこと自体が描きたいものだったんだ」って、はじめて気づいて。意味がわからないのはわたしの読解力が足りなかったんじゃなくて、わからなくていい、というか、わからなさごと受け取れっていう作品だったんだって。あのとき「嫌い」だったのは、まだわたしが受け取れる状態じゃなかっただけで、作品のせいじゃなかったのかもしれない。 で、そのことをいちばん強く思い知らされたのが、だいじゅうしわ、第弐拾四話のあるシーンで。 初号機の手の中に渚カヲルがいる。シンジは、動かない。殺すしかない状況なのに、初号機の手を、握ったまま、何十秒も、止まってるんです。[pause] 台詞がない。効果音もほとんどない。ただ「握ったまま動かない」という時間だけが、画面にある。 中学生のわたし、そこで「なんで動かないの、早く進んでよ」って思ってたんですよね。間が嫌いだったんです。意味がわからなかったし、テンポが悪いとすら思ってた。 大人になって見直したとき、その間の意味が、わかった瞬間があって。あの止まり方って、シンジが生まれてはじめて、誰かを「えらんだ」瞬間なんですよね。「行かないでほしい」って、えらんだ。えらんで、えらんで、それでも体が動かなくて、そして最後に動いた——その「動いた」の重さが、あの無音の長さ全部に、入ってた。 待って、無音の「長さ」が「重さ」だったってことじゃないですか。あの間は演出のテンポじゃなくて、シンジの「えらんでいる時間」そのものだったんですよ、尺が。やだ無理しんどい、何十秒もかけて誰かをえらぼうとして、それでも動けないシンジが、何十秒もそのまま画面にいて、そこなんですよそこ、あの動けなさが、あの尺の分だけ全部、重さとして積み上がってた……。 ……はー。 えーと、そういうことを、大人になってはじめて受け取れた、っていう話で。 中学生のときに「嫌い」だったあの間が、いまはいちばん好きな間になってます。それって、「嫌い」という感情もぜんぶ、作品との関係の履歴として正しかったんじゃないかなって思うんですよね。あのとき嫌いだったからこそ、見直したときに気づけた、みたいな。……まあ、尊い。

closing

ということで、今夜のお題をあなたにもひとつ。「むかしは嫌いだったのに、いまは好きになったもの」を、ひとつ教えてください。アニメじゃなくて全然いいです。食べ物でも、音楽でも、人でも。受け取れるタイミングって、きっとひとそれぞれあると思うので。お便り待ってます。 真夜中、推しを語らせて、でした。またよる。

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