
論語と算盤を読み解く
RIO
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えーと、今日ね、収録前にちょっと近所を歩いてきたんですけど、まあ梅雨前のこの時期って、空気がまだ乾いてて、歩くのがちょうどいいんですよね。で、歩きながら頭の中で今日の原文をぐるぐる反芻してたんですけど、「正に就き邪に遠ざかる」って、声に出すと、すごく道徳の授業っぽいじゃないですか。中学の教科書に出てきそうな、そういう響きがある。ぼくも最初に読んだ時、一瞬そっちに引っ張られて、「ああ、正しく生きましょうという話ね」って、流しかけたんですよ。でもそこで止まっちゃうと、今日の読み解きがもったいない。今日やりたいのは道徳論じゃなくて、人がどうやって判断を崩さずにいられるか、その構造の話です。
じゃあ原文に入ります。渋沢がこの節で言っていることの骨格を、ぼくなりに整理すると、こういう構造になってると思うんですよね。「正邪の判断に迷った時、頭脳を冷静にして、自己を忘れないことが意志鍛錬の要だ」——これが主張の芯で、でね、「自己を忘れない」って何を指してるかが、たぶん読み方が分かれるところで、ぼくは「目前の利益に引きずられて、自分が本来大事にしていたものを見失わないこと」だと読んでいます。で、渋沢は具体的な手順として、「目前の利益か、将来の利益か」を常識に照らして自問自答しなさいと言っている。これ、「哲学的に正しいことを考えろ」じゃなくて、「質問の形を決めておけ」という話なんですよね。問いの型を持っておくことで、あわてた時でも考える方向が決まる、という実装の話として読めます。[pause] で、渋沢がその意志鍛錬の根本として持ち出してくるのが「孝悌忠信の思想」なんですよ。孝悌忠信って、あなたからすると「親に孝行して、目上を敬って」みたいな、古い倫理の話に見えると思うんですけど、ぼくはそこを構造として読んだほうが面白いと思っていて、家族とか、日常的に関わる身近な人に対して誠実であり続ける、その反復訓練が、見知らぬ場面での判断精度を上げるという、習慣形成の話として読めるんです。つまり渋沢が言いたいのは「正しい人間になれ」じゃなくて、「平素からの反復によって、突発的な局面でも崩れない判断回路を作れ」という話で、これは結構ちがうことを言ってると思う。正しさを目標にするんじゃなくて、回路を育てる話です。で、ここから少しずれて現代に引いてきますけど、この「自問自答して本心に立ち帰れ」という部分が、今どういうふうに使われてるかというと、ぼくが見ていてよくあるなと思うのは、「直感を信じた」「本心がそう言っていた」という言い方で、衝動的な選択を後付けで正当化するロジックとして使われるパターンです。あなたの周りでも、たぶんそういう言葉遣いを聞いたことがあるんじゃないかと思うんですけど、渋沢が言っているのは実はその逆で、「冷静にする」「自己を忘れない」という言葉が最初に来ているんですよね。熱量や直感を尊重しろという話じゃなくて、まず熱を下げてから判断せよ、という構造になっている。「本心に基づいた」という言葉と「冷静に自己に立ち帰った」という言葉は、表面上は似ているけれど、プロセスが正反対で、それ、本当ですか、って確認したくなる使われ方をよく見かける。[pause] で、具体的な場面に落としてみると、ぼくが想定するのはこういう状況です。ある会社の営業現場で、今期の数字を達成するために、顧客への商品説明をちょっと省いてもいいんじゃないか、という判断が上から降りてくる。現場にいる人からすると、「みんなやってる」「今期だけ」「大した影響はない」という文脈が周りにあって、その場の空気に乗って判断する人と、自分が積み上げてきた顧客との関係性とか、長期的に何を軸にしてきたかを思い出して判断する人とでは、プロセスがちがう。で、後者が強いのは意志力が高いからじゃなくて、その軸を平素からずっと使い続けているから、いざという場面でも出てくる、とぼくは見ている。逆に言うと、「いざという時だけ正しく判断しよう」と思っていても、その時には間に合わないという話で、それが渋沢の「平素からの修練」を強調する理由として読める。
まとめると、今日の読み解きの核心はここです。「冷静になれば本心がわかる」という話は、聞こえはいいし、ぼくも悪いとは思わないんですけど、その「冷静」自体が、平素の習慣によって支えられているという点を渋沢は言っている。冷静さは、その場で絞り出すものじゃなくて、日常の反復で作っておくものだ、という立場です。で、あなたに一度だけ問い直してほしいことがあって——あなたが「本心に立ち帰った」と感じた判断、それは本当に冷静なプロセスを経ていたか、それとも衝動に、「本心」という名前をつけただけだったか。どちらかが正解とは言わないですけど、ちょっと立ち止まって問い直してみる価値はあると思う。次回も引き続き『常識と習慣』章から、別の訓話を取り上げていきます。今日はここまで。番組「論語と算盤を読み解く」でした。
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