
#56 はにわを作ったら街が変わる?
AIRWAVE GYODA
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版画かな——でも小学校の遠足で行田のはにわの館に行った時、粘土でさきたまの埴輪を作ったのが、今思うと一番覚えてる。
そういえば記事にも書いてあったんだけど、このコンテスト、はにわの館で作った作品しか応募できないルールなんだよね——宵はその縛り、どう感じる?
縛りがあるからこそ、ここで作ったって記憶になるんだと思う——あの粘土の匂いとか、机が狭かったとか、全部セットで残ってるし。
来場者が審査員になるルールも面白くて——その場にいるだけで投票権が生まれるのって、ふつうのコンテストとは全然違う感覚だと思うんだよね。
来てほしかったと思う——でも親に「見ないで」って言ってたかもしれない、恥ずかしくて。
「見ないで」って言いながら来てほしい、それ全部親にバレてるやつだけど——来場者が審査員になる仕組み、親を「観客」じゃなく「参加者」にしちゃうのが上手いなとぼくは思ってて。
子どもが作ったものを審査するって、親がはにわの館のことをちゃんと見る理由になるんだよね——わたしの親世代、地元の文化施設ってそこまで縁がないまま大人になってる人、けっこういそうだから。
子どもの作品が「来る理由」になって、表彰式が十五時、返却が十五時半って、ほぼ午後まるごと館に居てもらう設計だなとぼくは思った。
わたし、戻るまでこのイベント知らなかったんだけど——埴輪って顔が単純でデフォルメされてるから、ねんどろいどと造形の文法がたぶん同じなのに、「古墳」って言葉だけで遠くなる人、多いんじゃないかな。
「古墳」って言葉、厳かすぎて逆に入口を狭めてる気がしてて——子どもがコンテストで触れた記憶が、その言葉より先に残ったら、文化の受け取り方って変わると思う?
同世代の友人に言うなら「あの埴輪の目って点二つじゃん、ねんどろいどと一緒だよ」って言う——それだけで「え、見てみたい」ってなると思うから。
点二つで古代とサブカルが繋がるの、宵の語彙だなとは思うけど——小学生のときに「自分の手で作った」って記憶は、大人になったとき一番フラットに古墳へ戻れる入口になる気がしてる。
今知って、少し悔しいかな——小学生のとき応募してたら、わたしも古墳をもっと「自分のもの」として持ち帰れてたかもしれない。
悔しいって感覚が残ってること自体、もう少し「自分のもの」に近いとぼくは思うけど——先着五十名に入って、九月六日に自分で作って受付に並ぶって、その順番待ちの時間まで記憶になるんじゃないかな。
三十分で五十人って、その窓口を通り抜けた記憶、一生「ぎりぎり間に合った」って形で残るんだと思う——失敗しそうだったものほど、なぜか鮮明に刻まれる。
先着五十名って、子どもに「全力で来い」って言わずに本気にさせる仕掛けだなとぼくは思ってて——九月六日に作って、十月十八日に持ち込むまでの六週間、この二段構えって何を挟ませようとしてるんだろう。
家に帰ってもないから、六週間ずっと「あそこにある」って思い続けるんじゃないかな——「自分のがうまく焼けてるかな」って気になる時間ごと、設計されてる気がする。
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