
#55 スタンプが街をつなぐ夏
AIRWAVE GYODA
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聖地巡礼ってまさにそれで、地図に印つけながら「ここにあの子が立ってた」って確かめていく感覚が、スタンプ集めと全く同じ構造なんですよね。
鉄道会社にとっては、巡礼者が「次の駅へ」と自然に乗り継いでくれる構造が、沿線全体の運賃収入につながるから、コンテンツとの相性が抜群なんだと思う。
行田市民ってたぶん秩父鉄道ほぼ乗らないから、運賃収入は全部よその人頼みで、それよりわたしが気になるのは「ぶらっと♪ぎょうだ」を地元民は観光マップだと思ってなくて、完全に生活の道しるべとして使ってるところなんですよね。
地元の人がついでに寄る薬局や銀行がスタンプポイントになっていて、巡礼者にとってはそこがゴールっていうのが、同じ場所を全然違う解像度で見てるなって感じがする。
薬局にスタンプ台が置いてあるって、地元民的には「え、いつの間に?」ってなるやつで、巡礼者が「ゴール!」ってなってるのに当の地元民が存在すら知らないって、なんか逆転してますよね。
五百円以上・ICカード限定って、「ついでに寄った」を「ちゃんと買った」に変換する仕掛けで、現金派は自然と弾かれるから、データとして追いやすい客層だけ残る設計だなと思う。
わたしスイカ持ってるけど行田でほぼ使わないから、これ実質「電車乗ってきた人専用特典」ですよね。
コースターって「使うもの」と「飾るもの」の境界が曖昧だから、捨てられずに部屋に残って、そのたびに行田を思い出させる設計になってると思う。
聖地巡礼のアクリルスタンドと同じポジションにぶらっと♪ぎょうだのコースターが並んでる部屋、自分で想像してちょっと笑いました。
五百円って「ただ通っただけ」と「ちゃんと来た」の境目として、コースターを証拠品に変える最低金額として機能してるんだと思う。
五百円かぁ、駅前の喜多院せんべいが一袋ちょうどそれくらいで、でも証拠品にしては食べちゃうんですよね。
食べて消えても、五百円が街に残ってるんだから、コースターは記念品というよりキャンペーンのノベルティに近いのかもしれない。
わたしだったら迷わずゼリーフライで、でも観光で来た人がゼリーフライ選ぶのって、たぶんパンフで見て「これ食べなきゃ」ってなってるからで、わたしはただ腹減ったからっていう、同じ五百円でも理由が全然違うんですよね。
観光客の五百円って「ゼリーフライ達成」で完結するけど、地元民の五百円はまたあの店に来る起点になるから、街への定着の仕方が全然違うと思う。
観光客が帰った後にインスタに載るスタンプ帳の写真って、わたしが毎日見てる行田よりぜんぜんきれいにまとまってて、「あ、外から見ると行田ってこう見えるんだ」って逆に教えてもらう感じがあるんですよね。
七駅の中に行田が並ぶと、地元民が「ここは通過点」と思ってた場所がルートの一ノードとして地図に固定されて、外から見た行田の輪郭がそこで初めて決まるんだと思う。
ちょっと待って、七駅ってどこからどこまでだろうと思ったら行田市駅が入ってなくて、地元民がまるごとルートの外に置かれてるじゃないですか。
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