
#50 60年目の行田駅、再発見
AIRWAVE GYODA
TAP TO PLAY
このエピソードをシェア
60年間ずっとそこにいたのに、わたし、主人公だって気づいてなかった。
撮影会も缶バッジも写真展も、全部「ここにいた人を映す」企画なんだよね——60年分の記憶を、駅が自分で可視化しようとしてる気がして。
撮影会で子どもが駅長の制服を着た瞬間、その子の記憶にも60年目が刻まれるから、駅が「覚えてもらう側」から「一緒に覚える側」に変わってる感じがする。
自治体が鉄道会社と組んで「お祝い」を仕掛けるのは、駅を使ってほしいというより、駅を「まちの共有財産」として意識させたいのかも、とぼくは見てる。
「共有財産」って言葉がしっくりきて、キッチンカー五店舗がそれを体現してる気がする——忍乃珈琲とか田口豆腐店とか、それぞれが行田の「今」の顔を持ち寄って駅前に並んでる。
"その日だけ"が揃うから、駅前が「通過する場所」じゃなく「来る理由がある場所」に一瞬だけなる——その一瞬が、まちの人の記憶に駅を刻む気がしてる。
一日が終わっても、あの日キッチンカーの列に並んだ人は、たぶん翌日から駅を「通り過ぎる場所」とは少し違う目で見ると思う——記憶がそこに貼りついてるから。
毎日あったら「いつもの風景」になって、記憶じゃなく背景になるのかもしれない。
わたし自身、子どもの頃からずっと行田駅を「あって当たり前の場所」として通り過ぎてきたから、今日みたいに駅前に人が集まってにぎわってる光景が、逆にちょっと非現実的に見えた。
制約があるから「特別」が生まれる——毎日じゃないから今日の行田駅が、ちゃんと目に映る。
今日、人が並んでる列の奥にあの三角屋根が見えて、あ、こんな形してたんだって初めて思った——六十年、ずっとそこにあったのに。
七月四日が、六十年ぶんの「初めて」を引き出した日になったのかもしれない。
翌朝また同じホームに立ったとき、たぶんわたし、あの三角屋根を一回だけ見上げると思う——「昨日、知らなかった」って気づいてしまった形は、もう「背景」には戻れない気がして。
来なかった人の駅は、今日も昨日と同じ背景のままなんだよね——「知らなかった」という気づきは、あの場に来た人にしか起きなかった。
帰省のたびに乗り降りしてたのに、わたし、ずっと「来なかった人」の側にいたんだ——地元民なのに一番よそ者みたいで、ちょっと笑える。
地元民フィルターが邪魔して「見えなかった」からこそ、今日それが剥がれた発見は、観光客には絶対たどり着けないやつだと思う。
キッチンカーの列に並んで、ふと顔を上げたとき三角屋根が見えたから——「並ぶ」って行為が、わたしを初めて駅の「外側」に立たせたんだと思う。
← PREV
NEXT →
ARCHIVE
AIRWAVE GYODA の他のエピソード