論語と算盤を読み解く
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EPISODE· 2026年9月16日

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opening

えーと、今日ね、スタジオに来る前にコーヒー買ったんですよ。で、レジの人がたぶん外国の方で、ぼくが「ありがとう」って言ったら「ありがとうございます」ってきれいな日本語で返ってきて、なんかそれだけで、あ、ちゃんと人と話したな、って思ったんですよね。まあそれだけの話なんですけど。[pause] 今日扱うのは「論語と算盤」の「人格と修養」の章です。タイトル聞くと、内省とか品性の話が来るんだろうなと思うじゃないですか。ところが開くと、外交と商業の話が始まる。道徳の章のつもりで読んでいると、気づいたらサンフランシスコにいる、みたいな感じで。

reading_facts

まず原文に何が書いてあるか、から整理します。1906年ごろのサンフランシスコで、日系移民の子どもたちが公立学校から締め出された——いわゆる学童排斥問題が起きた。これが発端です。渋沢はそれを受けて、在米日本人会の組織化を後押しして、さらに太平洋沿岸商業会議所の来日を仲介・推進した。政府間の話し合いじゃなくて、商業の側から動いた。[pause] 原文で渋沢が言っているのは「人種や宗教の違いで排除するのは文明国家のすることではない」という言葉で、これはアメリカの対応への批判です。でね、同時に日本人移住者の側にも「公徳・風采を改善せよ」と求めているんですよ。排除する側も批判するし、される側にも変化を求める。両方に向かって話している。それから、アメリカの差別的な扱いを渋沢は「初めは正義にして後には暴戻」と表現している。最初は法の論理で説明できるように見えても、行き着く先は不正義だ、という見立てです。

reading_structure

で、ここが面白いと思うんですけど、渋沢が選んだ手段って「抗議」じゃないんですよね。商業チャネルの構築なんです。太平洋沿岸商業会議所を呼んで、日本の産業界と直接つなぐ。政府が動かす外交ルートをわざわざ迂回して、民間の商業ネットワークを通した。これは偶然じゃないと思っていて、意図的に政治の土俵に乗らないという選択だった、とぼくは読んでいます。[pause] それで渋沢が言っていることをもう少し丁寧に見ると、「商業活動が誤解を取り除く」という主張なんですよ。これ、商売を手段として使っているというよりも、人が直接会って交渉して取引するという行為そのものに、相手を「知る」機能がある、という見立てなんですよね。商業の回路を使えば、相手がどこの国の人間であるとか、どんな宗教を持っているとかじゃなくて、この人は信頼できるか、この取引は成立するかという個人としての判断が生まれる。渋沢はそこに賭けていた、というのがぼくの読みです。

reading_modern

ここからもう一段めくるんですけど、「ビジネスで国境を越える」って今もよく言われるじゃないですか。でもいま使われている文脈では、たいてい「市場の拡大」とか「売上の最大化」を指す言葉に収まっている。渋沢の原文が言っているのはそこじゃない、とぼくは思っていて。[pause] 具体的に言うと、たとえばある分野で海外拠点を持つ企業が、現地のスタッフを意思決定から除外したまま「グローバル展開しました」と言うケースって珍しくないですよね。日本の本社でプロダクトの方向性を全部決めて、現地はオペレーションだけ、みたいな。商業の形だけ越境して、人としての接続は国内に閉じている。それ、本当ですか、グローバルって、という話なんですよ。渋沢の言う「商業に国境なし」っていうのは、売り買いの回路を広げることじゃなくて、取引を通じて相手を「知る」ことへの信頼だった。現代のグローバルビジネスが、現地の労働者や消費者を「市場」や「コスト」として設計している場合、それは渋沢の言っていることとは逆方向に動いている、とぼくには見えます。

reading_shibusawa

ただ渋沢を聖人みたいに読むつもりはなくて、構造として見ておくべきことがある。渋沢自身は日本の産業界の代表として動いていたわけで、完全な中立ではないんですよ。「日本人移住者の風采・公徳を改善せよ」という要求は、差別される側にも変化を求めるものですよね。今の感覚で読むと、えーと、ちょっと引っかかりがある。差別された側がなぜ変わらなければならないのか、という話になるので。まあそれでも構造として見ると、差別する側も批判しつつ、される側にも自助を求めるという、両岸に責任を分配しようとした読み方はできると思っていて、それがどこまで妥当かはあなたがどう読むかによって変わるとぼくは思います。それから「正義が暴戻になる」という表現はやっぱり鋭い。法の名の下に制度化された差別が、最終的には正当性を失うという見立て——これは1906年ごろに書かれていて、制度としての人種差別が長く続いたことを考えると、渋沢の見立てには時間がかかった、とも言える。

closing

渋沢が商業チャネルを選んだのは、政治では動かせないと踏んでいたからじゃないか、とぼくは思っていて。政府間交渉って、どうしても国家の面子がぶつかる構造になるんですよね。それをわざわざ避けて、商売の場に人を連れてきた。民間で直接会わせる、というのは、面子を外した場所で話を始めるということでもある。[pause] あなたに聞いてみたいんですけど、国とか属性とか肩書とかじゃなくて、目の前の人を「人として」見た、と感じたビジネスの場面って、最後にいつだったか。今日コーヒーを買ったレジのあの数秒、ぼくはちょっとそれに近いものを感じたけど、あれをビジネスと呼んでいいのかどうかは、まあわからないですけど。次回も「論語と算盤」から1訓話を拾います。何の章かは言いません。論語と算盤を読み解く、でした。

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