
深夜の、それでいいんじゃないか
RIO
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えーと、きのうの夜ね、サブスクのせいりをしてたんですよ。つかってないやつ、いくつかあって、まあそれわ切ろうと、ふつうにそうおもって、かいやくのてじゅんをふんでたんですよね。で、さいごのかくにんがめんがでるじゃないですか、「ほんとうにかいやくしますか」っていう、あのがめん。ぼくがつかってたサービスだと、「かいやくする」のボタンがちっちゃくて、「つかいつづける」のボタンがわりとおおきくて、いろもあざやかで、そっちにめがいくようになってたんですよね。で、なんかそこで、てがとまって。べつにひつようじゃないんですよ、そのサービス。ここさんかげつ、たぶんいちどもひらいてない。なのに「つかいつづける」をおしてしまって。[pause] おして、そのまま、ねた。じぶんがえらんだのか、UIにえらばされたのか、あとになってもよくわからなかった、っていう、それだけのはなし。
きょうはなにかというと、「えらばれる」っていうはなしをしたくて。ファンタジーものとかRPGテイストのアニメとか、あのへんでよくあるやつ。けんがぬける、いしばんになまえがきざまれる、なぞのちからがめざめる、みたいな、あのフォーマット。あれってよくみると、しゅじんこうわ「じぶんでえらんだ」といっているし、みているほうもそうおもっているんだけど、ものがたりのぶんぽうとしては、さいしょからそうなることがきまってたんですよね。ふくせんわある、せかいのルールわある、そのキャラクターだけがもっているなにかがある——ぜんぶせっちとしてさきにしかれていて、しゅじんこうわそのうえをあるいてるだけ、ともいえる。[pause] でね、ここがおもしろいとおもうんだけど、「えらぶ」と「えらばれる」が、かんどうのしゅんかんにちょうどかさなってみえなくなるんですよ。しゅじんこうがけっだんするばめん、ぼくたちわそこに「いしのちから」をかんじるんだけど、よくかんがえると、そうなるしかなかったこうぞうにのっかったにんげんを、じゆういしでうごいたとかいしゃくして、じぶんでじぶんをかんどうさせている、っていうこうぞうになってる。つまり、かんどうをつくったのわさくしゃなんだけど、かんどうを「しんじこむ」しごとをしているのわ、みているじぶんじしん、なんですよね。データでみると、逆なんですよね——かんどうのげんいんだとおもっていたものが、じつわかんどうのけっかにすぎなかった、みたいなことが、けっこうある。で、これわものがたりのはなしとしてはそれでおわりなんだけど、なんかこれ、ものがたりだけのはなしじゃないかもしれない、っていうよかんだけ、ここにおいておきます。
きょうわね、おたよりがなかったんですよ。それわそれで、まあ、そういうひもある。で、おたよりのかわりにちょっとやってみたいんだけど、もしきょうのはなしをきいたひとからおたよりがきたとしたら、どんなとぶんがきそうか、ぎゃくさんしてみると——たぶん「あのしゅじんこうって、ほんとうにえらんでたんですか」みたいなとぶんがきそうなんですよね。で、そのかりのとぶんにこたえるとしたら、えらんでたかどうかより、えらんでたようにみえるこうぞうがととのっていたかどうかのほうが、たぶんほんしつにちかい。べつにしゅじんこうがうそをついてるとかじゃなくて、えらぶためのぶたいが、さいしょからそのひとのために、あつらえでつくられてた、っていうはなし。で、これをじぶんじしんのせんたくにあてはめるとき、どうなるか——そこわきょうわこたえない。ひとつだけきいておきたいのわ、あなたが「じぶんできめた」とおもっているせんたくのなかに、どれだけ「そうなるこうぞう」があったか、いちどかぞえてみてほしい。[pause] かぞえてみると、けっこうこまるかもしれない。
「えらんだ」と「えらばれた」わ、かんどうするがわからわおなじにみえる。そこがおもしろい、とぼくわおもう。きょうのとぶんかけで、おわりにします。きょう、じぶんが「きめた」とおもっていることをひとつおもいだして——それ、ほんとうにじぶんできめましたか。「ふかよる、それでいいんじゃないか」でした。
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