論語と算盤を読み解く
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EPISODE· 2026年7月31日

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こんばんは。えーと、今日ちょっと早めに収録入ったんですけど、スタジオの前の廊下に誰かが置いていった本があって、まあ誰のかわからないんですが、パラパラめくったら渋沢栄一の名前が出てきて、なんか今日やる内容と偶然かぶってて、少し笑いました。そういう日もあるんだなと。[笑] で、今夜扱うのは『論語と算盤』の『立志と学問』という章で、渋沢がここで「大正維新」という言葉を使っています。今あまり聞かない言葉ですよね。渋沢はこれを「日に日に新たになる」、つまり自己を更新し続けるという意味で使っている。その中身を今夜読み解きます。

main

まず原文の核心から入ります。渋沢が「大正維新」と呼んでいるのは、政治的な革命論でもなければ、特定の時代の話でもない。出典は『大学』にある「苟日新、日日新、又日新」、まあ読めば読むほど同じ言葉が繰り返されるやつで、「本当に日々新たになるというのはそれくらい徹底してやれ」という話です。渋沢はそこを借りてきている。 で、ここで中心になる概念が「血気」です。渋沢は血気そのものを否定していない、というのがぼくの読みで、これは重要なポイントだと思っています。「血気を善用せよ」という言い方をしていて、要するに持っているエネルギーを正しい方向に使え、という話です。「正義と信じる限りは飽くまで進取的・剛健に動け」と言っているんですが、ここに「正義と信じる限り」という前提条件が明確についている。これを後でもう一度拾います。 [pause] 渋沢自身の話を少し挟みます。1866年、長州出征への従軍を命じられた場面があります。渋沢は後年こう振り返っています。「腰抜け武士となって人後に落ちることは好まぬ気質だから、強いて従軍を願って御馬前で一命を棄てる覚悟であった」と。これは訓話を語るより数十年前の、実際に彼が選んだ経路の話です。血気を正義のために使うという話を、渋沢は机の上で考えたのではなく、一度自分で通過している。そこが後年の言葉に厚みを与えているとぼくは感じていて、単なる訓話と読むと少し惜しい気がするんですよね。 ただ、「正義と信じる限り」という留保も、この経験の中にすでにあったはずで、渋沢が闇雲に動けと言っているわけではないことは、この文脈から読み取れます。 で、ここから現代の話に移ります。この訓話、あなたも一度は見たことあるんじゃないかと思うんですけど、「失敗を恐れるな」「とにかくチャレンジしよう」という文脈で引用されることが多い。ビジネス書の冒頭に出てきたり、研修の資料に載っていたり。ぼくが気になるのは、その使われ方では「正義と信じる限り」という部分がほぼ消えているということです。それ、本当ですか、と言いたくなる。 渋沢が言っているのは「覚悟の根拠を持て」ということであって、「根拠なき熱量を持て」ではない。何のために動くのかという前提を問わずに「とにかく動け」と読むのは、この訓話の骨格を外していると思っていて、失敗が教訓になるのも、正義を前提に動いた場合の話として構造上読むべきだとぼくは見ています。「大勇猛心」という言葉も出てきますが、これは秩序だった社会の中で発揮せよ、という文脈に置かれている。暴走ではなく、制約の中での剛健さを渋沢は求めている。 [pause] もう一点だけ整理します。渋沢がこの訓話を向けているのは「将来国家を担う青年」です。個人の成功論として語られているのではなく、社会的な役割論として語られている。そこを外すと全体が別の話に見えてくる。「覚悟を定める」というのは目標設定ではなく、正義の根拠を自分の中に持つということで、その前提が抜けると訓話の全体が動かなくなる、というのがぼくの読みです。

closing

最後に一点だけ置いておきます。「正義と信じる限り動け」という言葉の重さは、「正義を何で決めるか」を問わずには機能しない。その前提を抜いたまま使うと、どんな行動でも正当化できるただの熱量論になってしまう。 あなたが今「正義と信じて」動こうとしていること、あるいはこれから動こうとしていることの根拠は、どこから来ていますか。「動けているか」ではなく「根拠を持っているか」、それがこの訓話が本当に聞いていることかもしれない、とぼくは思っています。 次回は同じ『立志と学問』の章から、別の角度を取り上げます。この番組は「論語と算盤を読み解く」でした。また来週。

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