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EPISODE· 2026年9月22日

#90 仕事って体で覚えるもの?

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#90 仕事って体で覚えるもの?

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yoi

子どもの頃、消防士になりたくて——でも行田で「なってみる」場所って、なかったなって思う。

rio

十七日にカインズ南側で、企業・団体・行政がまるごと集まるのが今回の面白さで——並ぶ職種が、その子の「なれるかも」の範囲を決めると思ってる。

yoi

アニメーターとか声優って、子どもの頃の「なりたい」リストに入ってたのに、地域のイベントには絶対並んでなかったんですよね——ちょっと悔しい。

rio

その「悔しい」は正直だと思うし——並んでいる職種が「自分の可能性の地図」になるなら、何を並べるかはイベント側の責任でもあるよね。

yoi

もし声優ブースとかあったら絶対貼り付いてたけど——企業や行政がずらっと並んでても、子どもが「これ、わたしの話だ」って思えるかどうかは、また別の話な気がする。

rio

「わたしの話だ」と感じさせるのは設計次第で——ただぼくは、企業や団体が横並びになることで、大人側が「地域でどう見られているか」を初めて意識する場になってるんじゃないかと思ってる。

yoi

横並びで並ぶと、隣のブースの人と「あ、こんな仕事してるんですね」ってなりそうだし——カインズの広い駐車場って、そういうぐるぐる歩き回れる感じ、ありますよね。

rio

歩き回れる場ってことは、企業側にとっても「隣に誰がいるか」で自分の立ち位置が初めて見える場になるんだよね。

yoi

大人が「あ、わたしたちこういう地域にいるんだ」って気づいても、それ子どもに伝わるのかなってちょっと思うんですけど——青年会議所が主体でやるって、そこに何か関係ありますか?

rio

青年会議所って三十代前後が中心で、自分たちの子どもが育つ街を設計してる世代だから——「大人が気づく場」をつくることと「子どもに伝える」がわりと地続きなんじゃないかと思ってる。

yoi

設計した人が自分の子を連れてくるなら、「これ、パパが作ったんだよ」ってなるのか——それ、かなり強くないですか。

rio

「パパが作った場所」に連れてきてもらえた子どもは、大人の世界を内側から覗けるわけで——そういう経験が積み重なるから、青年会議所が毎年続けることに意味があるんだと思う。

yoi

毎年「あの場所、また来たい」って思える場所が行田にあったら、たぶんわたしはもっと早く、地元に帰ってくる理由を見つけてた気がする。

rio

メンバーが数年で入れ替わる組織が「毎年続ける」って、実はかなり難しいことで——それでも続くなら、場そのものが人を引き継がせる力を持ってるんだと思う。

yoi

離れてる間って、行田のことを気にしてるのに「でもわたしには関係ないか」ってどこかで思ってたから——場が続いてるって知るだけで、少し違ったかもしれない。

rio

続いてることが「届く」には、来た人が誰かに話したくなる体験を持ち帰れるかどうかだと思ってて——十七日がその一回になれるといいね。

yoi

行くとしたら、全部のブースをぐるっとまわった最後に「いちばん話しかけやすかった人」が誰だったか確かめたい——名刺よりそっちの方が持ち帰れる気がする。

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