
論語と算盤を読み解く
RIO
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えーと、今日ね、スタジオに来る前にコーヒーを買ったんですよ。で、レジの人に「今日のおすすめは?」って聞いたら、「全部おすすめです」って言われて、まあそれはそうなんだけど、という気持ちになりながら来たわけです。[pause] 今日扱うのは『論語と算盤』の「立志と学問」章でね、「志を立てる」っていう言葉、あなたも一回は聞いたことがあるでしょう。なんか古臭い響きがあるし、ぼくも最初そう思ったんですよ。ただ、渋沢がここで言っていることは、「最初に決めろ」という話じゃなくて、「何度も変えた末に定まった」という話として書かれていて、そのずれがけっこう面白いんで、今日はその構造だけ追いかけてみます。
まず原文の実態から整理しますね。渋沢栄一という人は、志を一度でスパッと定めた人間じゃないんですよ。若い頃は武士になりたかった時期があって、それから政治の側に動こうとした時期もあって、実業の世界に落ち着いたのはもっと後の話で、しかもその理由が「自分の内なる声に気づいた」みたいな話じゃなくて、「欧米が豊かなのは商工業が発達しているからだ」という、わりと外側の構造観察から来ているんですよね。で、ぼくはそこがすごく正直だと思っていて、「自分が何をしたいか」より先に「社会のどこで力が動いているか」を見た、という順序なんです。[pause] ここで一段めくってみると、現代でこの章が使われる文脈って、「若いうちに志を持て」「ブレるな」という文脈が多いじゃないですか。でも渋沢本人が書いていることは、それとはちょっと向きが違って、「青年期から正しい志を立てていれば、もっと大きな成果があったはずだ」という悔やみの言葉なんですよ。つまりこれ、若者へのエールじゃなくて、自分への反省の言葉として書かれている。それ、本当ですか、って読み返すと、確かにそう書いてある。で、これが骨抜きにされやすい部分で、渋沢が言っているのは「早く定まるほど蓄積が大きい」という効率の話であって、「ブレながら成長するのも美しい」という話には、まったくなっていない。「ブレてよかった」を肯定する文脈でこの章を引用すると、原文と向きが逆になる。ぼくはそこ、けっこうはっきりずれていると思っています。現代のキャリアの話でよく見るパターン、三十代・四十代でポジションを転々として、最後に「これが本当にやりたいことだった」と語る、あの美談構造があるじゃないですか。聴いていると納得感があるんですよ、ぼくも正直そう感じる。でも渋沢の論理で見ると、「早く定まっていれば、その変遷の期間の蓄積がそのまま上に乗っていた」という評価軸が出てきて、変遷を肯定するかどうかより、「何が確定を遅らせていたか」を問う方が実践的じゃないかと、ぼくは思う。渋沢の場合、志が定まったのは「自分は何をしたいか」を深掘りしたからではなくて、「社会はどこで動いているか」を先に観察したから、という順序の話で、今の就活や転職の語られ方と大きくずれているのがそこなんですよね。[pause] もう一点、渋沢が「自分の才能に相応した本当の志だった」と言っている箇所があって、これ、自己実現の言葉に聞こえるんですが、ぼくの読み方では違って、「やりたいこと」じゃなくて「自分がやれること」と「社会が必要としていること」の重なりを探す話として書かれている。その重なりを志と呼んでいるとすれば、志の定め方の出発点が、今よく言われる「自分の情熱を見つけろ」とはかなり構造が違う。
まとめると、渋沢は「志が何度も変わった」ことを肯定しているわけじゃなくて、「もっと早く定まればよかった」と惜しんでいる。これ、美談として読むと向きがひっくり返るんですよね。で、ぼくがあなたに問いとして置いていきたいのは、あなた自身が「やりたいことが変わった」「方向転換した」と感じてきた経験が、何かの構造を観察した結果から来ていたのか、それとも別の何か——たとえば人間関係とか、タイミングとか、疲弊とか——が先に動いていたのか、ということで、その違いって、振り返ってみると意外とはっきりしていると思うんですよ。次回はこの「立志と学問」章から、学問を何のために積むのか、という別の論点に入っていきます。番組は「論語と算盤を読み解く」でした。
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