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EPISODE· 2026年8月15日

#53 足袋の街に祭りが来る

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#53 足袋の街に祭りが来る

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yoi

行田って足袋の町って言われてるけど、正直わたし、ちゃんと履いたことってほぼなくて。

rio

日常で必要か、って聞かれたら正直ほぼ必要ないと思うんだけど——それでも「地元の誇り」として残り続けてるのが面白くてさ、ちょうど今、行田で足袋博覧会が開かれようとしてるんだよね。宵は地元にいたころ、足袋って意識したことあった?

yoi

小さい頃は全然意識してなくて、戻ってきてから牧禎舎って名前を初めて知ったくらい。

rio

外から戻ってきた人が地元の文化を「発見」するって、旅行者と似てるようで少し違う感情があると思うんだよな——牧禎舎を起点にしたオープンファクトリーって、そういう人にもちゃんと刺さる場になってる気がして。

yoi

子どもの頃は足袋工場なんて「古くさいもの」としか思ってなかったのに、今は『神様になった日』の那由多みたいに、失われかけた技術を守る人ってなんかかっこいいって素直に思える。

rio

那由多を持ってくるのはさすがに急だけど——でも確かに「かっこいい」って思えるのは、一回外に出た目線を持ってからで、足袋博覧会に静岡の染め物作家や東京の観光施設の人が登壇するのも、その「外からの目線」を意図的に呼び込む構造なのかもって思ってる。

yoi

外から人を呼ぶのって確かに面白いんだけど、ずっと行田にいた人たちは「また外の人に説明させられてる」って感じないのかな、とふと思って。

rio

「説明させられてる」じゃなくて、外の人が来ることで「そうか、これってすごいことだったんだ」って地元の人が気づく——そういう鏡みたいな機能を、博覧会が担ってるのかもしれないと思ってる。

yoi

ゼリーフライってまさにそれで、わたし高校生のころ毎週食べてたのに「なんでこれが名物なんだろ」ってずっと思ってた。

rio

文化庁に「百年フード」って認定されたとき、地元の人が一番驚いたんじゃないかって思うんだよね——外からのお墨付きって、自分たちの「普通」に初めて値札をつけてもらう感覚に近い気がして。

yoi

認定前のわたしたちって、価値を知らずに食べてたわけじゃなくて「おいしい」は知ってたのに、それが誇れるものだと気づけてなかっただけで——静岡の染め物作家が来て話すのも、たぶん同じで、外の人が「すごい」と言う場を作ることで初めて地元の人が「そうか」ってなる構造なんだと思う。

rio

それ、すごくクリアな整理だと思う——ただ博覧会を見てると「外を呼ぶ」だけじゃなくて、静岡や東京の人と繋がることで行田の足袋文化が向こうのネットワークに乗っていく、そっちの動きもある気がしてる。

yoi

静岡や東京で「へえ、面白い」で終わって、次の季節には忘れられてる——そっちの未来もぜんぜんあり得ると思ってて、怖い。

rio

その怖さはぼくも感じるんだけど——工場見学・ものづくり体験・トークって複数の入口を用意してるのは、「一回の熱」じゃなくて関わり方を選ばせる仕掛けなのかもって思ってる。

yoi

ゼリーフライのワークショップかな——工場見学は「知る」だし、トークは「聞く」だけど、作ってみたら「なんでこの形なの」って自然に聞きたくなる気がして、一番素直に入れる気がする。

rio

五百円・十五名・要予約って、けっこう意図的な絞り込みで——「なんとなく来た人」を弾いて、少し前のめりな人だけ残す設計なのかもってぼくは見てる。

yoi

高校生のわたし、絶対「十五名・要予約」って聞いた瞬間に諦めてたと思う——今は迷わず予約するのに。

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