
ヨイの推しを語らせて
宵(よい)
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えーと、きょうね、作業しながらサブスクで林原めぐみのベストアルバム流してたんですよ。ながら聴きのつもりで。で、気づいたらにじかん、なにも進んでなかった。[pause] あの声って、ながらにできないんですよね。BGMとして処理しようとするんだけど、どこかのタイミングで手が止まる。画面を見てるのに耳が向こうに引っ張られてる、みたいな感じ。わたし、あの声に「ながら」を許してもらえないんだと思って。で、そこからずっと考えてたことがあって。その話は本編でします。
「林原めぐみ作品でいちばん好きなの何?」って聞かれると、あなたも多分、キャラクターの名前がぱっと出てくると思うんですよ。ルシア・ナナオがいるとか、ハルヒがいるとか、スレイヤーズのリナとか、いろんな入り口があって。でもわたし、この問いに向き合うとき、キャラクターより先に「声が感情を運んできた瞬間」がよみがえってくるんですよね。台詞の意味を頭で処理するより前に、ふって音の層が来て、そこにもう感情が乗ってる、みたいな体験として記憶してる。息の置き方とか、声がわずかに揺れるとか、あるいは逆に、揺れないこととか。そういうところが先に刺さってくる。で、そういう体験としていちばん鮮明に残ってるのが、『しんせいきエヴァンゲリオン』の綾波レイなんです。[pause] テレビ版のだいにじゅうよんわ、「さいごのシ者」。シンジが綾波に向かって「ぼくにはきみしかいない」って言う、あの場面があるじゃないですか。あそこで綾波が返す一言。「……じゃあ、たいせつにしなさいよ」。わたし、あの台詞の「じゃあ」の前にある、短い間の話をしたくて。ほんのすこしの、声が出てくるまでの沈黙。そのあとの声の低さと、なんというか、乾いた質感。感情がある声でも、ない声でもない。感情があるのかないのかわからない質感で、「たいせつにしなさいよ」って言ってくる。林原めぐみさんが選んでるあの声質が、綾波という存在、感情をまなんでいる途中の存在、そのじょうたいと完全に重なってるんですよ。感情を「表現しない」という表現として、ちゃんとあそこに声がある。わたしはそう読んでて。で、あの「じゃあ」の一文字にかかってる演技の話をしてると、なんか……待って、あの「じゃあ」の間の話してます? あれ無理じゃないですか。感情があるのかないのかわからない声で「たいせつにしなさいよ」って言われるの、しんどい。あの一文字にそれが全部入ってるの、そういうとこ、ほんとうに、そういうとこなんですよ、そこ。……はー。 [pause] 林原めぐみさんのすごさって、感情を「足さない」という選択ができることなのかもしれない、ってきょうまたそこに戻ってきてしまいました。感情を乗せることより、感情を引いて声だけを置く、そのむずかしさ。……尊い。
きょうのお題、あなたにも投げさせてください。「林原めぐみのキャラクターで、名前を聞いて最初に顔が浮かぶのは誰ですか。」世代もジャンルも関係ない、直感でいいです。その名前を教えてください。番組「YOIの推しを語らせて」でした。
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