深夜の、それでいいんじゃないか
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EPISODE· 2026年6月20日

深夜の、それでいいんじゃないか

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SCRIPT
opening

えーと、今夜はちょっとだけ、本題じゃない話から入らせてください。まあ、いつもそうなんですけど。でね、きょう昼間に、マンガを読んでたんですよ。タイトルは言わないでおく、なんか今夜の話に引っ張られたくないので。で、主人公が負けるシーンがあって。泣いたわけじゃないんですよ。感動したとかでもなくて。ただ、ページをめくれなかった。次のコマに行けなくて、そのページを、たぶん三ふんか四ふんぐらい、ぼんやり見てた。それだけの話なんですけど、その「止まった」っていう感覚がずっと気になったまま夕方まで過ごしてて。で、こんな時間になってもまだ気になってる。答えは出てないです。ただそういうよるがある、っていう話だけしたかった。

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で、その「止まった」の話をもうすこし掘ってみたいんですよ。物語の中で主人公が負けるシーン、あなたも経験あると思うんですよね、読んでいて処理が遅くなる感じ。勝つシーンって、わりとするっと読めるじゃないですか。「よし!」ってなって、次のページ、次のページって進んでいける。でも負けるシーンだけ、なぜか読むのに時間がかかる。おれはこれがずっと不思議だったんですよね。 [pause] で、これに近い話をしてる研究があって、Greenと Brockが二〇〇〇年に出したTransportation-Imagery Modelっていうやつ、まあ「物語への没入」を扱った研究なんですけど。物語にふかく入り込んでいる状態だと、登場人物の感情とか判断を、自分のこととして処理してしまうっていう話が出てくるんですよ。で、特に主人公が失敗するシーンって、読者のぼうえいきせいを下げる効果があると示唆されていて。つまり、「あのキャラクターが負けた」じゃなくて、「おれが負けた」として処理されてる可能性がある。それがたぶん、あの「止まる」の正体なんじゃないかと、きょう午後ずっと考えてたんですよね。 で、ここで一個、「あれそういうことか」ってなったのが、勝ちと負けの非対称性の話で。勝つシーンって、読者を「がんばらないと」の方向に動かすじゃないですか。鼓舞する。でも負けるシーンって、違う動きをしてる気がして。「おれも失敗したことある」っていう記憶に、とりあえず名前がつく、みたいな感覚。で、おれが思うのは、物語の敗北って「負けてもいい」の許可証じゃなくて、「負けを言語化していい」の許可証なんじゃないかっていう仮説なんですよね。 [pause] えーと、急にスケールが落ちるんですけど。先月、市の都市計画審議を傍聴したんですよ。こっちの市議会、傍聴者がおれふくめてさんにんしかいなかった。で、補助金の申請に失敗した地域団体の代表の人が、議事録に一文だけ残してたんですよ。「今回の結果をしんしに受け止め」って。それだけ。で、その一文だけやたら丁寧で、なんか読んでて止まったんですよ、さっきのマンガと同じ感覚で。その人、その一文を残したことで、次の議題に進めてたんですよね。負けを言語化することで、場が動いた。物語の敗北シーンが果たしてる機能と、構造が同じかもしれないと思ったんですよね。似てると思ったんですよ、構造が。

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えーと、今夜はお便りが届いてないです。取り繕っても仕方ないので正直に言うと、そういうよるもあります。で、こういうときはおれが勝手に問いを立てることにしてて。 たぶんあなたが思ってる問いって、「じゃあ負けシーンが多い作品の方が、読者にやさしいのか?」じゃないですか。それ、おれも一瞬思ったんですよ。でね、おれの答えはシンプルで、やさしいかどうかは関係ない。負けを丁寧に描いた作品が「やさしい」のとは、ちょっと違うと思ってて。「負けの解像度が高い」だけなんですよ。たとえば、キャラクターが試合に負けて泥の上に倒れてる、その泥の冷たさとか、スパイクのひもがほどけてるとか、そういうディテールまで描いてる、っていうのが解像度が高いってことで、それはやさしさとは別の話じゃないですか。 で、混同されやすいんですけど、慰めてくれる物語と、負けを正確に描く物語は、機能が別物だと思ってて。前者は処方箋で、後者は鏡。処方箋は読んでて楽になる、鏡は読んでて正確になる。どっちがいいとかじゃなくて、あなたが最後に止まった敗北シーンは、どっちだったと思いますか。

closing

今夜のひとことを置いておくと、負けシーンが描かれることで、読者は自分の敗北に名前をもらう。たぶんそれが、ページが止まる理由。 今夜のお題です。あなたが読んだ・観た中で、一番ページが止まった敗北シーンはどれですか。そのとき、自分の何を思い出しましたか。送ってもらえれば、次回使います。 「深夜の、それでいいんじゃないか」でした。

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