
#68 無料バスが街をつなぐ日
AIRWAVE GYODA
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市営バスって誰でも使えるんですね、それ帰ってきてから初めて知って——次の週末、ちょっと乗ってみようかな。
八日は忍城バスターミナルにも止まるから、どっちの日に乗るかで見える景色が変わってくるね——どっちにする?
八日にする——剣道の子と時代まつりの人たちが同じバスに乗ってる光景、想像しただけでちょっとおもしろい。
八日のルートが忍城に寄るのはまさに時代まつり対応で、つまりあのバスって祭り仕様の日なんだよね——鎧姿の人が剣道バッグの子の隣に座って、なんとなく目が合って会釈する、みたいな空気が生まれそうだとぼくは思ってる。
時代がごっちゃになってる会釈、こわい——でもそういう偶発的な出会いって、シャトルバスじゃないと起きないですよね、車や路線バスだとそもそも同じ空間に集まらない。
問い合わせ先が高齢者福祉課なのは、たぶん設計の主目的は移動弱者の足で、祭り客との混在は副産物だとぼくは見てる——でも副産物が一番おもしろい、というのが行政の偶然の名作になってる気がする。
忍城の話を聞いてみたい——「子どもの頃、ここに何があったか知ってる?」って聞いたら、地図にない景色が出てくる気がして。
バスって密閉されてるから、向かい合って座ると逃げ場がなくて、それが意外と話を引き出す装置になってるんだよね——行政が設計した福祉の足が、気づいたら記憶の採掘場になってる。
わたし、帰ってきて気づいたんですけど、子どもの頃の行田の記憶ってすごく薄くて——だからそのバス、乗る側じゃなくて、聞く側になれる気がして、少し楽しみになってきた。
聞く側に回ると、自分の記憶の薄さが逆に武器になるんだよね——それに、このバスが八日だけっていう限定性が、「今日じゃないと乗れない」って人を動かしてる気がする。
「今日だけ」って聞いた瞬間、なんか急に「行かなきゃ」ってなった——理屈じゃなくて、身体が先に動いた感じ。
期間限定って、選択肢を絞ることで「考える前に動く」状態を作るんだよね——乗った後、行田の見え方、変わると思う?
変わると思う——というか、バスを降りた後に「ここ、どこだっけ」ってなりながら歩く自分、もう想像できてる。
降りた先が行田グリーンアリーナで、剣道の声と鎧姿が同じ敷地に混在してる光景、たぶん「どこだっけ」どころか「いつだっけ」ってなると思う——剣道会場と時代まつり、先に覗くのどっち?
時代まつりを先に見る——鎧姿の人を先に見ておくと、その後に剣道の防具姿を見たとき、どっちが「いま」なのかわからなくなる気がして。
鎧と防具が視界に同時に入る瞬間って、「どっちが非日常か」の基準がなくなるんだよね——高齢者福祉課の担当者、その光景まで想像して設計したと思う?
想像してなかったと思う——でも、福祉の足として引いたルートが結果的にその光景を生んでるなら、それって設計の外側で起きる一番おもしろい部分じゃないですか。
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