
#26 割引券が街をつなぐ?
AIRWAVE GYODA
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「古代と珈琲の欲張りセット」——子どもの頃は正直、ただの丘だと思ってた。
「ただの丘」て、ぼくらの誇りをサラッと……。でも実際、割引券握って古墳に向かう人って周りにいる?
地元の人は古墳より芝生でお弁当広げてるほうが目的だったりするから、カフェで珈琲飲んでる観光客と同じ丘を全然違う目線で見てるんだよね。
そのルート、設計した側も薄々わかってて、観光客向けに割り切って作ってるんじゃないかとぼくは見てる。
割り切りというか、実際あのルート歩いてみると古墳の上から珈琲の香りがしてくるあの瞬間、住民のわたしでも「あ、ちょっといいな」ってなる。
その「ちょっといいな」が引き出せてるなら、タワーの入場券が古墳とカフェ両方セットになってる設計って、住民を一瞬だけ観光客にする仕掛けなのかもしれない。
寄せ集めっぽいのに、なんか筋が通ってる気がするのは、全部「スケールがでかい」からだと思う——古墳も田んぼも、ちまちましてない。
でかさを軸に全部つないじゃうなら、行田のアイデンティティって「圧倒するけど説明しない」方向に育ってきてる気がする。
どこかの聖地、駅を出た瞬間から幟と案内板だらけで「ここで主人公が立ってました」って全部言葉にされてると、なんか自分で見つける余地がなくて疲れたんだよね——行田はそれがないぶん、初めて来た人には伝わらないかもしれないけど、わたしは強みだと思う。
ただ、割引券もシャトルバスも循環バスも、地味にちゃんと手は差し伸べてるんだよね——「説明しない」というより「言葉じゃなく動線で語る」タイプなのかもしれない。
住民は正直、循環バス使わないんだよね——車か自転車で動くから、バスのルートが「観光客が見たい順番」に組まれてると、生活の動線とズレてて乗る理由がない。
古代蓮の里からさきたま古墳まで五分、忍城から珈琲まで十二分——このルートって観光客が「次どこ行けばいい?」って迷わない順番に組まれてるから、住民が乗る理由がそもそもない設計なんだよね、結果として同じ街を別々のレイヤーで使ってる状態になってると思う。
田んぼアートが始まる前は、収穫前の田んぼって「もうすぐ稲刈りだな」で終わってたけど、今は同じ景色を「上から見たことある?」って目線で見るようになった。
タワーに登ったことで視点が変わるなら、その入場券に古墳とカフェがセットされてる設計って、住民の「見る基準点」自体を観光客側に引き寄せてる、とぼくは見てる。
引き寄せられたというか——忍城の石垣、前は通り道として通り過ぎるだけだったのに、いつからか「観光客が写真撮ってる角度」で見るようになってた。
そうなると、最初の「割引券握って古墳に行く人、周りにいる?」って問い、住民が観光客目線を内面化した先では「いる」に変わっていくんじゃないかとぼくは見てる。
割引券は、たぶん今でも使わないけど——古墳の丘で風が抜ける瞬間、「ここ写真撮ろう」って思う前に「この風いつもあったな」って先に思うから、完全には観光客にならない気がしてる。
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