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EPISODE· 2026年7月12日

#19 60年目の駅、街はどう変わった?

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#19 60年目の駅、街はどう変わった?

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yoi

帰るたびに、あ、またなくなってる——ってなるんですよね、駅前の店。

rio

今度の祭りで東口広場にキッチンカーが五店舗来るらしいけど——あれって一日だけなのかな、それとも定期的に続くのかな。

yoi

一日しかないから行くんじゃないですか——こども駅長の撮影会も缶バッジも、「今日だけ」って思うと急に足が動く。

rio

ぼくはそこが少し気になってて——「今日だけ」が効くほど、終わったあとの静けさもセットで続いてきたんじゃないかなって。

yoi

でも今回、写真展とライトアップは祭りの後も続くから——それでも「毎週来る理由」になるかは、正直わからないですよね。

rio

写真展に定期的に足を運ぶのって、観光客よりたぶん「自分の街を再確認したい地元の人」に近いんじゃないかなって、ぼくは見てる。

yoi

六十年分の写真って、知らない行田が映ってるのに「あ、ここか」ってなる——再確認というより、知らなかった自分を知る感じに近いかもしれないですよね。

rio

昭和四十一年の開業当時って、駅じゃなくて市街地側に街の重心があったはずで——駅が「到着点」じゃなくて「出発点」だった時期が、たぶん写真の中に全部入ってる。

yoi

わたしが乗るたびに、ホームで振り返らないようにしてたんですよね——振り返ったら行けなくなる気がして。

rio

でも今回の六十周年って、構造としては「出る場所」を「帰る場所」に変えようとしている設計に見えて——駅を背景にした写真展もライトアップも、振り返らせるために置いてある気がするんだよな。

yoi

写真展の中にキャップアートも入ってるんですよね——外から人を呼ぶコンテンツと、地元が自分を振り返る展示が、同じ壁に並んでるの、なんか不思議な感じがする。

rio

キャップアートって、地元の人がやってる間は「表現」で、外から見られた瞬間に「観光資源」になるっていう、見る側が意味を決める構造なんじゃないかな。

yoi

聖地巡礼って、地元の人が普通に通ってた踏切が「あのシーンの場所」になった瞬間、看板より先に人が集まりだすじゃないですか——意味って確かに、来た人が貼っていくんだなと思った。

rio

今回は珍しく、街の側が先に「ここに意味がある」と旗を立てにいってる——来た人に委ねるんじゃなく、貼る前に額縁を用意した感じがする。

yoi

缶バッジに押す絵柄もキッチンカーで何を選ぶかも、ぜんぶ来た人が決めるから——額縁は用意できても、中に映るものはやっぱり当日次第ですよね。

rio

自治体が駅の祭りを仕切るのって、電車が走り続けるかどうかに直接関係してる——利用者数が減れば廃線の話が出てくる、だから「賑わいを作ること」が政策になるんじゃないかな。

yoi

六十年って、わたしが生まれた時からもう走ってたんですよね——廃線って言葉、頭でわかっても、あのホームが消える絵がまだ浮かばない。

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#18 日曜朝、八幡通りに街が集まる

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