
#97 古墳の上に立つと何が変わる?
AIRWAVE GYODA
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子どもの頃は普通に芝生の丘だと思って走り回ってたんですけど、大人になって地図で真上から見たとき、「これ人間が作ったの?」って声に出たんですよね。
五キロ歩くと、距離じゃなくてスケールに体が追いつかなくて疲れる感じ、あそこにはあると思う。
ポイントもらえるって聞いた瞬間、「あ、今週末行こ」って思ったの、我ながらわかりやすいなって。
動機なんてそんなもんだよね——ただ、わざわざ二種類のポイントを重ねてる設計って、単純にお得感を出すより、もう少し違う意図がありそうだと思って。
健康ポイントとマイレージって別々のシステムじゃないですか、だから「あ、行政のアプリ、使わせたいんだな」ってわたしは思いましたけどね。
アプリ定着の狙いはあると思う——ただぼくは、二つのポイントが同時に貯まる状態って、どちらか一方だけより「やめると損」感が倍になる設計だと見てる。
ポイントがなくてもたぶんわたし、古墳には行くんですよね——あの丘に登ると「人間ってなんかすごいな」ってなる感覚、損得で説明できないとこにある気がして。
そう、そもそもポイントが刺さるのは宵みたいに元から行く人じゃなくて、古墳に一ミリも興味ない人を最初の一歩だけ引っ張り出すための設計だと思うんだよね。
対象が市内在住の小学生以上って限定されてるの、やっぱり地元の人に「まず一回来て」ってことなんですよね——古墳の隣に住んでて行ったことない人、実はけっこういそう。
三十人って少ないように見えて、「初めて来た人」を一人ひとりフォローできる上限がそこなんじゃないかと思う——締め切り二十二日だから、関心ある人は急いで。
友達に「さきたま古墳群って行ったことある?」って聞いたら「あー、遠足で前通ったことある」って言われて、それ行ったことじゃないよって思いました。
「通った」と「来た」の間に、あの五キロ分の体験が全部入ってるんだよね。
稲荷山古墳の頂上から隣の丸墓山を見たとき、「あれも全部人の手なんだ」って頭がついていかなくて、しばらく立ったまま動けなかったんですよね。
その「頭が追いつかない」瞬間は、設計も動機づけも全部すっ飛んで、ただ人間がここにいたという事実だけが残る感じだと思う。
その「頭が追いつかない」感覚って、一人でぼーっとしてる間に来るやつだから、三十人でガイドさんの話聞きながら歩いて、同じことが起きるのかなってちょっと思いました。
ガイドがいると「なんでここに作ったのか」みたいな問いを五キロ歩きながら積み重ねられるから、頂上で黙る前段が全然変わると思う。
一人のときは「でかいな」で終わってたのが、友達と来たとき「これ何人で何年かかったんだろ」って二人でずっと話してて、気づいたら同じ場所に三十分いたんですよね。
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