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論語と算盤を読み解く
EPISODE· 2026年10月20日

論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いもの

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論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いもの

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opening

今日ね、スタジオに来る前にちょっと寄り道したんですよ。古い本屋さんで、ぼくが学生の頃に読んだはずの文庫本を見つけて、買い直してしまった。まあ、手放した理由を覚えていないし、なぜ今また必要だと思ったのかも正直よくわからないんですけど——そういう本ってありますよね、あなたにも。で、今日の本題は『論語と算盤』の「処世と信条」という章です。渋沢栄一が70歳の誕生日に、友人から一枚の絵を贈られた、という話が出てくるんですが——その絵に描かれていたのが、論語の本と算盤、それからシルクハットと刀、という組み合わせだった。これ、なぜこの四つが一緒に描かれたのか、なぜ渋沢がこれを喜んで受け取ったのか——そこから今日は読んでいきます。

reading

まず、渋沢が「処世と信条」でやっていることの構造をちゃんと確認したいんですよね。「論語によって算盤が成り立ち、算盤によって論語が本当の富になる」——これ、よく『道徳と経済の両立』という言葉に翻訳されるんですが、ぼくはその翻訳がちょっと違うと思っていて。両立って言うと、別々のものを並べて持っている、というイメージになる。でも渋沢が書いていることは、そうじゃなくて、どちらか一方が欠けたら回路が成立しない、という相互依存の話なんですよ。片方がないと、もう片方がそもそも機能しない。[pause] で、渋沢はさらに踏み込んで、「空理・虚栄に走る国民は真理の発達をしない」という、かなり厳しい言い方もしている。これが書かれたのは日本の近代化の入口で、稼ぐことと倫理が制度的にも意識的にも分離されがちだった時期で、だからこそ「甚だ遠くして甚だ近い」という、一見矛盾した言い方が必要だった。遠い、ということをまず認めているんですよ、渋沢は。誤魔化していない。一般的には「道徳と経済は両立できる、両立させよう」というポジティブなメッセージとして読まれていますよね。それは間違いじゃないんですが、渋沢の言っている核心の一歩手前で止まっている、とぼくは思う。渋沢の主張って、「道徳があれば儲かる」という話じゃないんですよ。「道徳なき富は続かない」という警告の構造を持っている。この二つ、似てるようで非対称なんですね。前者は倫理を手段にする話で、後者は倫理を欠いた経済行為への否定なんです。[pause] 現代で何が起きているかというと、この非対称性がほぼ無視されている。CSRとかパーパス経営って言葉が広まって、倫理を掲げること自体が「論語を持った証拠」として扱われる。たとえば、社会貢献を前面に出した採用活動をしながら、下請けへの支払い条件や取引慣行はまったく変わっていない、という状況——これ、珍しくないですよね、あなたも聞いたことあると思う。渋沢の言葉で言えば、これは「空理・虚栄」に近い。論語を掲げているけれど、算盤の中に論語が機能していない。渋沢が言ったのは、倫理を掲げることじゃなくて、実際の経済行為——値付けや、取引条件や、採用の判断——そこに倫理が働いているかどうか、ということだったはずで、そこが骨抜きになっている。で、贈り物の絵の話に戻ると、論語の本と算盤、シルクハットと刀——これを贈った友人は、渋沢を「どちらでもある人物」として見ていたんですよね。でも渋沢がこれを喜んで受け取ったのは、自分の立場を「両立」じゃなくて「不可分」だと思っていたからじゃないか、とぼくは読む。二つを持っているから偉い、じゃなくて、そもそも分けて考えたことがない、という立場。「甚だ遠くして甚だ近い」というのは、遠さを認めた上で近さを言っているわけで、その距離の誤魔化しのなさがこのタイトルの肝だと思う。ぼくの見立てでは、パーパスや理念を掲げる組織が増えた一方で、その理念が実際の意思決定——値付けとか、採用基準とか、下請けへの支払いサイトとか——にどう反映されているかを問う仕組みを持っている組織は、体感として少ない。「道徳と経済を両立させよう」という言い方が広まるほど、「今は分離している」という前提が無自覚に受け入れられていく——そこに渋沢の言う「空理」が入り込む余地がある、とぼくは思っています。

closing

えーと、まとめというより、問いを置いて終わりにしようと思います。あなたの組織や仕事の中で、「論語」に相当する言葉——理念とか、ミッションとか、行動指針とか——は掲げられていますか。では、それは実際の「算盤」のどこに現れているか。採用の最終判断のときか、取引先との値段交渉のときか、それとも締め切りが迫った夜の判断のときか。両立できている、と言えるか——それ、本当ですか。次回も「処世と信条」から、別の訓話を読みます。今日はここまで。「論語と算盤を読み解く」でした。

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