
#108 足袋のまちで何が始まる?
AIRWAVE GYODA
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行田って足袋の町って言われてるのに、工場の中って意外と見る機会がなくて、わたし実は一度もちゃんと見たことないんですよね。
ふだんは外から通り過ぎるだけの建物が、今回の一週間だけ中に入れるって、ぼくはけっこう大きな変化だと思ってて。
子どものころ、毎日自転車で工場の前を通ってたのに、中で何が起きてるかは全然知らないまま大人になったって、よく考えたら変な話だなって思って。
地元にいるほど「当たり前の風景」になって素通りしてしまうから、むしろ行田の人にとってこそ、今回が産地の今を初めて知る入口になるんじゃないかとぼくは思ってる。
十月三日から九日の一週間だけって、知ったとき「え、短っ」ってなったんですけど、逆にその短さが「行かなきゃ」って気持ちにさせてくれますよね。
短さが背中を押すのは同意なんだけど、ぼくはこのイベント、観光というより「産地がこれからどうなるか」を一緒に考える場として設計されてる気がして、地元の人と外から来た人とでは、同じ工場を見ても受け取るものがたぶん全然違う。
外から来た人は「すごい技術だ」ってなると思うんですけど、わたしは「あの角の工場か」って先に来て、技術より先に記憶とか生活がくっついてくる気がする。
それでいうと、このイベントの本当の主役は外からの観光客じゃなくて、記憶と現実のギャップに初めて気づく地元の人なのかもしれない。
スタンプラリーとか体験イベントって、地元の子にとって「あそこ入っていいんだ」って許可をもらえる感じがして、それだけで結構ハードル下がると思う。
スタンプラリーって集めること自体が目的になるゲーム設計だから、「足袋を知りたい」より先に足が動く——その順番がたぶん正解なんだとぼくは思ってる。
足袋だけだと来ない人でも、ゼリーフライとか映画とかが入ってたら「じゃあ行くか」ってなるの、わかる気がして、気づいたら足袋の工場にいる、みたいな流れが狙いなのかな。
「気づいたら足袋の工場にいる」の先に、今回は『行田足袋ミーティング』っていうトークイベントまで設計されてるんだよね——ゼリーフライで来た人がそこまで辿り着くかは正直わからないけど、辿り着く人が一人でもいれば、この産地の未来にとってけっこう大事な一歩だとぼくは思ってる。
正直、行きたいかどうかでいうと、すごく行きたいっていうより「行ってみたら何か変わりそう」っていう、ちょっと怖い感じがある。
その「何か変わりそう」って感覚、たぶん正しくて——映画で過去を見て、工場で現在を知って、ミーティングで未来を話すって、一日の中で産地の時間軸を全部通り抜けられる設計になってるんだよね。
一日でそこまで行けるか正直自信ないんですけど、「足袋蔵での上映会」って言葉だけで、もう場所が映画館になってる感じがしてちょっと気になってる。
足袋蔵で映画を観るって、建物自体がすでに遺産だから、スクリーンより先に空間が語りかけてくる——上映会もスタンプラリーもミーティングも同じ一週間に束ねることで、日本遺産も百年フードも足袋産業も、ばらばらだったものが初めてひとつの物語として見えてくる設計だとぼくは思ってる。
地元で育って、毎日その場所の前を通ってたのに、物語として見えてなかったのって、ちょっと悔しいというか、むずがゆいというか。
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