
論語と算盤を読み解く
RIO
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こんばんは。えーと、今日ね、スタジオ入る前にちょっと寄り道してきたんですけど、公園の池のそばのベンチに座ってぼーっとしてたんですよ。水辺って、なんか時間の感覚がおかしくなりますよね。十分座ってたつもりが三十分経ってたりして。まあそれはどうでもいいんですが、今日取り上げるのは『論語と算盤』の『成敗と運命』という章で、渋沢栄一が中国の杭州、西湖というところを実際に訪れた場面から始まる。でね、この章を読んでいると、「成敗」という言葉の使い方が、ぼくが最初に想像していたのと少しずれていて、結果の良し悪しの話というよりも、評価がいつ確定するのかという時間軸の話として展開していく。それが今日のポイントになります。
まず、渋沢が実際に目にした光景から置いておきたいんですけど、西湖のほとりに岳飛の碑と秦檜の鉄像が向かい合って立っているんですね。で、訪問者は岳飛の碑の前で泣き、秦檜の像には放尿する——渋沢はそれを実際に見ている。これ、観光地の話じゃなくて、民衆が数百年かけて下した評決が、ふたつの像として地面に固定されているという光景なんですよ。岳飛は死の間際に「臣職に称わざるにあらず、実に秦檜、君を誤るなり」という言葉を残している。自分が職責を果たせなかったのではなく、秦檜が君主を誤らせたのだ、という意味で、渋沢はこれを引いている。謀略によって殺された側の人間が、数百年後も「尊敬」の対象として立っていて、勝った側が「侮辱」の対象として立っている。[pause] 渋沢がそこから導いた言葉が「天に通ずる誠忠は千載を経ても人心に沁み込む」で、さらに「蓋棺の後でなければ成敗は分からない」という認識を示している。日本の例として楠正成と足利尊氏、菅原道真と藤原時平を挙げていて、勝者が生前に確定したように見えても、のちに景色が逆転している構造が繰り返されていることを指摘している。これ、渋沢が言いたいのは「善人は最後に報われる」という話ではなくて、評価の確定が生前に間に合わないという構造そのものの話だと、ぼくは読んでいます。あなたも「成敗」という言葉を聞いた瞬間、勝ち負けの結果の話だと受け取りませんでしたか。でも渋沢はそこを問題にしていない。何年後、何百年後の時点で誰が評価するかという、時間軸のズレを問題にしている。[pause] で、ここに現代での読み間違えが起きやすいポイントがあって、「誠実にやっていれば最後は勝てる」という自己啓発的な受け取り方をすると、今うまくいっていない自分への免罪符になってしまうんですよね。ぼくはそれ、渋沢の言っていることとは別の話だと思っていて、原文が言っているのは慰めではなく、生前の評価を最終的な成敗と見なすな、という認識論の警戒です。それ、本当ですか、と問いたくなるのはむしろ「今勝っている側」に向けてで、秦檜もまた生前は権力を持ち、岳飛を死に追いやった勝者だった。それが数百年後に鉄像として放尿される側になっている。渋沢が西湖で見ていた逆転の構造は、「負けている側」への励ましじゃなくて、「今勝っている側」への警戒として読んだほうが、原文に近いとぼくは思います。現代の組織の話で言えば、内部告発や異議申し立てをした人間が、その時点では降格・排除されることがある。でも十年、二十年経ってから、当時の判断が「正しかった」と組織の中で再評価されることがある。ただし本人はすでにその場にいない。逆に、当時の意思決定の中心にいた側が「あの判断は間違いだった」と後から語られる。これは渋沢の言う「蓋棺の後でなければ分からない」が、現代の組織でも静かに機能しているということで、時間軸が変わると景色が変わるという渋沢の観察は、いまも有効だとぼくは見ています。
まあ、整理するとこういうことになると思っていて、渋沢が西湖で見た光景は、勝者と敗者の逆転という劇的な話ではなくて、評価の確定が生前に間に合わないという、時間差の構造だった。それが渋沢の観察の核心で、慰めでも励ましでもない。あなたが今「あの人は勝っている」「あの人は負けた」と判断しているとき、その判断、どの時間軸で下していますか。次回も『成敗と運命』の章から、今日とは別の角度で掘っていく予定です。お聞きいただきありがとうございました。論語と算盤を読み解く、でした。
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