
#24 田んぼが巨大スクリーンになる街
AIRWAVE GYODA
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千人が植えた田んぼ、なんか……重さが違いそう、土地に意志がある感じがして。あと、ちょっと恥ずかしい話なんですけど、わたし足袋の街って知らなくて、マインクラフトで「かみしもと足袋」ってアイテム見てはじめて気づいたんですよね。
ゲームのアイテム名に地元の産業史が仕込まれてる——それ、七月二十四日からのステッカー配布と合わせると、偶然じゃなくてちゃんと設計された入口だと思う。遠足で田んぼアートを「見た」世代と、アイテムで「触った」世代とで、行田への引っかかり方って変わってると思う?
わたし遠足で田んぼアート見てるはずなのに何も引っかからなかったんですよね、ステッカーみたいな「もらえるものがある」って理由がないと古代蓮会館まで足を運ぶきっかけが作れない気がする。
正直すぎて好きだけど、九十四人の子どもたちはステッカーより先に泥に足突っ込んでるんだよね——体験と特典、どっちが十年後も残ってると思う?
田植えして秋にお米が届く、その瞬間って体験と特典が一個になってるから、十年後もたぶん「あの田んぼのお米だ」って思い出すんじゃないかな——遠足で見ただけのわたしには何も手元に残ってなかったし。
ボランティア参加者だけがお米を受け取れる設計って、「見た」と「作った」の差を十年単位で固定する仕掛けだと思う。
固定、かあ——いまわたしが古代蓮会館の展望室から田んぼアート見たとしても、たぶん「きれいだな」で終わるけど、自分で植えた株がどこにあるか探しながら見る子たちとじゃ、同じ景色が全然別のものになってますよね。
植えた株を探す視線と、足袋のアイテム名で産業史に気づく体験——どちらも「その場で完結しない」設計になってて、行田への引っかかりが時間差で育つ構造だとぼくは見てる。
偶然のアイテム名で気づいたわたしと違って、ステッカー配布はその時間差をわざと仕掛けにしてる感じがする——「もらった」記憶を入口にして、あとから行田が育っていくように。
ただ、在庫限りの配布って入口の幅が最初から決まってて——その限定性が「もらえた人」の記憶を逆に濃くする可能性はあると思う。
もらえなかった人は入口ごと消えちゃうんじゃないかって、ちょっと怖いんですよね——限定性が記憶を濃くするのと同時に、はじき出す人も作ってる気がして。
五百八十四人が泥に入ってる事実を思うと、ステッカーの在庫数より先に、入口の広さは確保されてるんじゃないかとぼくは見てる。
五百八十四人はたしかに多いけど、わたしみたいにゲームのアイテム名から入ってくる人間もいて、どの経路が一番深く刺さったかって正直わからない——泥は残るけど、ふと気づいた瞬間の「え、行田?」もけっこう忘れられないんですよね。
七月十七日に稲が見頃って、設計された体験の「答え合わせ」の瞬間が今まさに来てるわけで——でも宵の「え、行田?」って気づきは答え合わせなしに残り続けてるから、定着の深さより先に定着の種類が違うんだとぼくは見てる。
正直に言うと、アイテム名の気づきは「足袋って行田なんだ」で止まってて、古代蓮会館に行こうとはならなかったんですよね——場所まで引っ張る力は、なかった。
ステッカー配布が古代蓮会館と行田タワー周辺に設定されてるのは、「気づき」を「足を運ぶ理由」に変換する装置としてちゃんと機能してると思う——ゲームのアイテム名だけじゃそこまで届かなかったのは、現地に来ないともらえない特典がなかったからじゃないかな。
ステッカーでもいいし、七月十七日に行田タワーから実際の田んぼアートを見たら「あのアイテム名の場所がこれか」ってやっと繋がる気がして——その「繋がる瞬間」が欲しいのかもしれない。
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